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2008年11月に作成された記事

2008年11月 9日 (日)

二人ヨーガ「楽健法」の経本

   二人ヨーガ 楽健法経

    

     大楽金剛不空真実佛足楽健法経

 是の如く我聞けり。或る時佛、喩師婆伽所にて、楽健法を説きたまえり。春うららなる季節、圍繞する諸菩薩の中央に、乾闥婆を寝かせて、佛、法を説きつつ、さらに実技を交えて、楽健法の指導をなしたまえり。

 まず佛、座より立ちて自らの御佛足を具示して曰く、乾闥婆ならびに菩薩等よ、わが足裏、汝が足裏を如何んと考えるや。

 足裏に触れるものは大地のみなるや否や。われらが足は大地を歩むにのみ用うると汝ら考えるならば、道を辿りて道を知らざるものなり。

 それ道は、ただに地と地を結ぶもののみに非ず、人々の心と心を結び、生きとし生くるものの法をも結ぶものなり。

 道を歩まんには、健やかなる五体、ことに足の強健ならざれば遠く歩むこと難し。また足が如何ほど強健、五体満足といえども地を伝い、草踏みわけて遠き地に衆生済度に赴くには、健やかなる思い、慈愛の心、済度せんとする衆生からも、常に学ばんとする求道の心があって、はじめて強健なる足とはなるなり。

 足に光あり。汝が足は汝の楽健法を学ばんとする求道心と、衆生済度の慈悲の心が一つとなるとき、光を放ちて、闇を光に変えるものとならん。楽健法を行ずる者は、光輝楽健菩薩と呼ばるるなり。

 東西南北、赴く地に至れば、汝が足の光を求めて蝟集する人々数多あるなり。

 富める者あり、数多の貧しき者あり。貧富を問わず、強健なる者もあり、病弱なる者もある。正にいま、死に至らんとして、なお光輝楽健菩薩にすがりつく者もあらん。此れを見、彼を見るに至って、菩薩等如何にしてこれらの人々に光を与うるや。

 あに路傍に座をしつらえて、法を説くのみにて、心の病める者、身体の病める者を救い得るや否や。言葉の伝える法のみにて、病める人を救うは、至難の技とやいわん。菩薩等、よくわが教えるところを心眼をもって追体験し、体解し、もって衆生を済度すべし。かく語りて佛、乾闥婆を呼び寄せ、敷楽健曼荼羅に寝かせたまえり。

 乾闥婆、佛の意に従いて北枕にして、身体の左側を下にして左足を伸べ、右足を曲げて横たわり佛に合掌せり。この時、天香芳しく妙音とともにたなびけり。佛、微笑みてうなずき、乾闥婆の足許に立ちたまいて曰く、いまから楽健法を伝授するなり。

 古来よりわが国にヨーガあり。ヨーガは自力自助の手段にして、いまだ発心せざる衆生には病患を癒すには、はなはだ遠き手段なり。また、手当療法あり、食養、断食あり。アーユルヴェーダあり、いずれも効多しといえども労も多くして、病の根源の因を断つには容易に至らざるなり。

 宿痾を抱えて、如何なる前生の因縁によりてかくは苦しまん、と嘆くもの多し。

 されど病気の由縁は、精神生活の理法わきまえず、自我に気付かず、自省せず、食生活の無知なるに由ることほとんどなり。

 人間の存在の法を知り、生理の根源にさかのぼりて、身体の浄化をなし、流れを整え、三毒によってもたらされたる諸病を癒し、積年の疲労をとるに、楽健法こそは最良の、楽々健々の法なるべしと。

 また佛曰く、楽健法はいかなる部位も左より行うべし。左より右に転ずべしと。 

 佛、乾闥婆の大腿部の付け根に、並はずれて大きく、衆人尊崇の左の御佛足を乗せて踏みたまえり。この時御佛足、光を放ちて、並みいる菩薩の眼に慈光を降りそそぎ、菩薩等の心眼開け、乾闥婆の大腿部が、にわかに柔かくなるを目撃したりき。乾闥婆、たちまちにして長年月の坐禅によって生じていた腰痛が癒え、如来の御佛足より流れ入る聖なる力が、全身を駆けめぐるを覚って、涕涙下るを止め得ず。佛曰く、我がいま踏みし大腿部の付け根の部位をば、羝羊と名付く。身体の芯より足心に至る導管の筋なるべし。ここを左右ともにゆるめて血流、体液さかんに流動しはじめ、迷いより醒めて、向上心の湧きいずるところなりと。

 次に佛、乾闥婆の足はそのままにして、上半身のみ上向きにさせたまいて、左足の羝羊よりさらに内側の筋を踏みたまえり。乾闥婆、痛きこと火を近づけたるがごとし、と覚ゆれど不思議に心地よく、神気身内に呼び戻されたるがごとし。

 佛曰く、この部位を愚童と名付く。これをゆるめれば、肝、腎の働きを盛んにして、婦人の生理を整え、心安けくなり、健やかな子宝を得るにいたり、自己の存在の意味に気付くなり。次に佛、乾闥婆を上向きに寝かせ、鼠蹊部より膝までを、上から下へと踏みたまえり。佛曰く、この部位を嬰童と名付く。嬰童を踏みて、生まれきたりしみどり児が、初めてこの世を見るが如く、胃腸の働き活然とし、視力も回復し素直な心が発動すと。乾闥婆、老眼なりしが御佛足が離れるやいなや、如来の御尊顔、常にも増して輝き、明らかに見ゆるを自覚して、いまここにわが不浄の身を横たえ、如来の御佛足を頂ける佛縁の不思議、有り難さを噛みしめたり。次に佛、乾闥婆の左の胸から腕の付け根を踏み、さらに指先まで御佛足にて踏み下りぬ。佛曰く、この部位を唯蘊と名付く。唯蘊をゆるめて見えていたもの、考えていたことが行為と結ぶなり。心臓の病も、呼吸の病もかるく癒されるなりと。次に佛、乾闥婆をうつぶせに寝かせたまいぬ。右の御佛足を、左の臀部より膝裏のそばまで踏み下りぬ。佛曰く、臀部は大乗と名付くなり。大腿部から膝裏は抜業と呼ぶべし。

 いずれの部位にも筋肉の付け根に潜脹あり。潜脹とは硬く結ばれたる筋肉のふくらみにして、潜脹の硬結、肥大するにつれて、筋肉は縮み、血流を妨げ、体液の流れも減少し、冷えを呼び、病を生ずる因となるべし。病を癒すは管を通すことに如かず。易行なり。ことに臀部の潜脹は冷えを呼びこむなり。潜脹をゆるめて、難治の宿痾も断ち切るに至るなり。心して踏むべしと。

 次に佛、乾闥婆の両足裏に御佛足にて乗りたまいて曰く、この部位をば覚心と名付くなり。足裏は反対側の頭脳と知るべし。

 足は実践を常に行ずる脳髄なり。愛しむべし。覚心は部分にして全体、全体にして部分なり。よく思案せよ。覚心を貴び踏んで気をめぐらし、正精進に励むべしと。

 次に佛、乾闥婆の腕の付け根に御佛足を踏み与えたまえり。乾闥婆、痩せた背高き男なれば敷物に腕が密着せざるなり。

 佛曰く、この部位を極無と名付くなり。腕の敷物に着かざるは、胃の下垂あり。いまだ身体硬く、なお修行の余地大なる証なり。心して楽健法を行じ、心身一如の境地を体解すべし。と申されて、極無を御佛足にて軽く踏み、光明真言の呪を唱えたまえれば、乾闥婆の腕たちまちゆるみ伸びて敷物と密着す。

 菩薩等、開示悟入しつつ眺めるなか、次に佛、乾闥婆の頭上に廻り立ち、左肩の付け根に、左足を与えたまい、御佛足の踵が敷物に触れんばかりに踏み下げぬ。

 佛曰く、この部位を秘密と名付くなり。諸々の病の予兆の現ずるところなり。肩凝りは未病の便り、便秘も未病の便りなり。あなどらず秘密を解くべしと。次に佛、乾闥婆の背に跨りて、両手を合掌の形になし、背骨の左右の筋を上より下へと押し下りぬ。佛曰く、ここを一道と名付くべし。ひとは背骨と筋肉とのつりあいを失って諸病を得るなり。

 全ての部位の調整は、一道の調和をはからんが為なり。一道を触掌して愛を感じ、天地に生かされてある感謝の念が湧きおこるなりと。

 佛、立ちて座にもどり、菩薩等にその慈顔をほころばせり。菩薩等一同、追体験によりて、如来の楽健法をわが身に施されたる如く、乾闥婆とともに、浄福に包まれたり。

 佛曰く、病気にて夭折するは治療の理法を得ざるが故なり。治らざる病はあらずと心得うべし。依るところの手段なによりも肝要なり。まず、否定的な心を棄て、可能性を信ずべし。信じて楽健法を行ぜよ。

 楽健法は易行にして、理法深甚の理なり。他力のヨーガなり。二人ヨーガなり。心してこれを行じ衆生を済度せよ。日々これを行ずれ

ば足は光を放ち、東西南北へ軽々と歩を進め、ひとの世を共生浄土、即身成佛の光の海と転ずること必定なり。これを与えられる者は病癒え、平安を得るのみならず、与える者も足による布施の行にて、慈愛による佛の法を知り、血気を盛んにして倶に功徳を得べしと。さらに佛、偈に説いて曰く。


楽健法を学び行ずる者

病を癒し人間を癒す

無畏を施し慈愛を自覚させる

たとえ病む者といえども

他者を癒やさんとして

楽健法を学び行ずれば

自らの病が癒されること必定

他者の救済は自らの救済なり

楽健法を行ずれば

光の人となる


羝 羊

受者は北枕に横たわれ

枕をして

身体の左側を下にし

左足を伸ばせ右足を曲げよ

与者は足許に歩幅広く立ち

左足で羝羊の付け根を

踏み下がれ

一息一踏み

ゆっくりと踏み放せ


愚 童

受者は足はそのままにし

上半身を上向きにせよ

与者は右足を受者の右踵そば

左足にて愚童を踏み下がれ

大腿部の付け根を

よく踏むべし

次に右に転じて繰り返せ


嬰 童

受者を上向きに寝かせよ

与者は右足にて受者の嬰童を

鼠蹊部から膝まで踏み下がれ

鼠蹊部をゆっくり深く踏め

一踏み一音光明真言唱うべし

次に右に転じて繰り返せ


唯 蘊

受者は上向きにて

両手をコの字に曲げよ

与者は右足は受者の手首そば

左足で胸から腕の付け根

手先まで唯蘊をゆっくりと踏め

次に右に転じて繰り返せ


大 乗

受者はうつぶせ

与者は受者の両足間に立ち

右足にて

受者の左の尻から足まで

抜業から

大乗へと踏み下がれ

硬い部位は繰返し丁寧に踏め

次に右に転じて繰り返せ


抜業から大乗

与者は受者の左外側に立ち

左足にて抜業から大乗へと

尻から足へと踏み下がれ

腰痛には大乗にことに念を入れ

固き部位を丹念にほぐすべし

次に右に転じて繰り返せ


  覚 心

受者はうつぶせ

与者は足の裏覚心を踏め

多忙にて暇なしといえども

足裏は全身調和の秘点なり

怠らず日毎励むべし

後ろ向き

踵にて上下しつつ踏め

  極 無

受者はうつぶせ

両腕をコの字に曲げよ

与者は受者の左手首そば

右足にて極無をゆるく踏め

肩から腕を

手先まで踏み下がれ

次に右に転じて繰り返せ


  極 無

受者はそのままの姿勢にて

顔を右に向けよ

与者は

受者の頭部左肩上に立ち

左足にて

受者の左肩極無を踏め

呼吸を合わせ吐きつつ踏め

次に右に転じて繰り返せ


  一 道

受者はうつぶせに寝よ

与者は受者の上半身に跨り

膝をつき

両手を合掌の形にして

背骨の両側を体重をかけて

ゆっくり押し下がれ

受者と与者と

呼吸を合わすべし

与者も受者も

ともに

感謝の念と

慈愛の心にて

楽健法を終えるべし

合掌し

光明真言を唱え

光を受け放つべし

 佛、法を説き終わりて菩薩等に右掌を向けたれば、菩薩等全身たちまち光明に包まれて悟道を得、御佛足を頂礼し、楽健法を世界に布教すべく、菩薩おのおのの因縁の地へと歩みはじめたり



 跋

 この楽健法経は、楽健法を勉強するための使いやすいテキストとして新しく書いたもので、インド伝来の密教経典ではありません。

 楽健法は、二人ヨーガ楽健法と呼称しているように、他力によるヨーガです。

 与者も受者も呼吸を合わせながら、痛くない程度に、ゆっくりとやさしく踏み合います。そうすることで、人間の暖かさやスキンシップが、お互いの心を開き、失いがちな家庭内の会話もはずむようになり、慢性病や、心の病もいつとは知ら

ず回復することでしょう。また他人をして、楽にすることで、自分も楽になるという、布施の行の不思議を体験できることでしょう。

 人間は支えあって生かされているのだということに気付いて、お互いに感謝の気持もきっと湧いてきます。



 楽健法研究会本部

 磐余山 東光寺

 山内宥厳著


f:id:ytokoji:20081026115242j:image

2008年10月26日 日本アーユルヴェーダ学会研究総会

竹熊宣孝先生に楽健法をする宥厳和尚 宝塚ホテルロビー、体験コーナーにて

2008年11月 2日 (日)

農文協から楽健法の本が発売されました

 山内宥厳の代表作、二人ヨーガ「楽健法」が農文協から発売されました。この本は1981年に発行以来、ロングセラーとして、多くの読者から支持されて、いまも売れ続けています。

アマゾンでも購入できます。山内宥厳、で検索してください。

http://www.amazon.co.jp/

二人ヨーガ楽健法:医者に頼らず生きる術 山内宥厳

 楽健法経の本は、絶版となり、アマゾンの古書販売では28800円の値段がついています。

 楽健法はアーユルヴェーダの研究総会でも、毎年上馬塲和夫先生がステッピングマッサージと楽健法という二つの名前を使って、研究発表をされています。

http://www2.begin.or.jp/ytokoji/ayurveda/

楽健法のホームページ

http://www.asahi-net.or.jp/~be5y-ymnu/rakkenho/index.html

楽健法のHPからは毎月の東光寺合宿の詳細な講座の内容を読むことができます。覗いてくださいね。

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