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2009年6月に作成された記事

2009年6月28日 (日)

東光寺の6月28日講習会

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 今日は長野から二人、奄美大島から一人、和歌山、京都、神戸、歩いて10分の近くのひとなど14名が楽健法講習会に参加。ビギナーが5人という顔ぶれでした。

 沖縄は今日で梅雨明けだそうで、明日から本州は雨になるとか。

 東光寺の今朝5時は肌寒く、午後には蒸し暑い温度になりました。

 来年は上海で万博が開催されますが、日本文化を紹介するイベントに楽健法の公演・デモンストレーションをやりませんかという勧誘があったので、現在、事務手続きをはじめています。

 参加が決定すれば詳細な企画、日時など、お知らせしますので参加申し込みしてください。

 まだ決定ではありません。

2009年6月27日 (土)

二つのアーサナ

 楽健法を連載中のうかたまは、6回目が終わったが、ひとりで出来る楽健法をいくつか追加して、もう一回連載することになった。次号に掲載予定のイラストを描いてもらうための写真を2枚、幸子先生をモデルに撮影した。

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 アーサナ1


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 アーサナ2



 この写真のアーサナ(座禅法)は、どういう効果があるのかは、次号のうかたまをごらんくださいね。

  お楽しみに!!

2009年6月25日 (木)

インドからの賓客

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  東光寺山の芝生に座って歓談

 この写真の左端にいらるのが、インドから来られたArt of Livingの教師カシーさん(35歳の若いひとでとってもナイーブ)、右端にいられるのが、21日に新幹線でであったNeelaさんと並んでご主人。


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カシー師


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  楽健法を練習するカシー師


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 [God loves fun] His holiness Sri Sri Ravi Shankar

 カシー師から上に記述した本を頂いた。この本はArt of living創始者ラビ・シャンカール師の事績が書かれてある。

 このあと彼らは京都でミーティングがあり、カシーさんと二人の日本語のよくできる女性の3名が東光寺へ引き返して宿泊。

 ふたりの女性は、朝6時に車で神戸へ帰り、カシー師は残って楽健法の伝授をした。

 カシー師はおどろくほど勘のいいひとで、始めにDVDを見せてから楽健法を一度受けると、ほとんど記憶していてやることができたので、教えるほうもびっくり。

 インドで楽健法を広められるように努力したいとのこと。楽健法の外国への布教は今後の大きな課題なので、カシーさんのような方がマスターしてくれたら、楽健法の普及にはずみがついていくことだろう。

近くカシーさんが自分のブログ 

http://www.kashikar.net/  に楽健法のことを書いてインドでの展開を報告してくれるはずだ。  

2009年6月23日 (火)

詩誌・橡の木19号 日本未来派219号 

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 23日午後、日本未来派219号が届く。

 目次をみながら、内山登美子さんの詩の題名「私は、こわれかけて」が気になって読んでみて、ご自身が病気などでこわれかけているのではないとわかって安心したが、昨年いただいた橡の木19号の感想も書かないでいたことを思いだした。

そこで早速感想を書いてお送りしたが、ここでも公開することにした。

      ※橡の木19号の内山登美子さんの詩は以下に全文引用する。


  多摩川幻幻     

         内山 登美子

多摩川を遡ってきました

この川の

生まれるところ

その最初の一滴に出逢いたいと


地中から染みでる水の一滴

一滴という定かなかたちではなく

朝霧の湿り気のような

呼吸する体温のような

けれども 触れると

掌はしっとりと濡れて

やはり水玉の一滴だと気づかされる

そうした一滴


私はその一滴に触れたかったのです

堅く締めつけた靴を脱いで

そして訊いてみたかった

あなたはつるっとした赤ん坊なの


羽村 青梅 日向和田 遡って遡って

返信のない茫々の百年

花は今 岸辺にも咲き満ちているが

でも もういい 逢いに行くのはやめよう

私が近づけば あなたはそれだけ遠のくのだ

夢の外に放り出されて

ただの泥水に変わってしまう


…どれほどの闇の深さか

あなたが朝毎に生まれるところ

奥多摩の山々の はるか彼方

笠取山という山の 水干沢という沢の辺り



      ※新川和江さんのエッセイ集のタイトルに「朝毎に生まれよ、私」があることを

       思い出しましたので、一応記しておきます。「現代詩手帳」(2008年8月号)より転載。





内山登美子様

 橡の木19号を昨年いただいて、みなさんに感想をと思いながら、昨年はアーユルヴェーダ学会の研究総会の事務局を担当していたため、多忙すぎて書けませんでした。

 昨日届けられた日本未来派の「私は、こわれかけて」の題名にどきり、としながら読ませていただきました。

      最近聞こえてくるのです 感知できるのです 

という心境は美しいものです。ついこの間まで、見ていたつもりだけで本当は半分も感じていなかったのかも知れないのですね、志あるひとはつね進化していますから。まだまだ深まっていくだろうと思います。小指ほどの魚になることができるほどなのだから。

 詩を読むとは自分の現在の日常と無関係ではなく、詩からうける感動も、無関心に読み捨てる詩も、自分のありかた次第ですね。どきりとするには、自分がどきりと共感するような自覚を自分のなかでもっているからだと思います。老いとか、衰弱とか、見果てぬ夢とか、あきらめかけて、あきらめきれていない自分のあり方とか。



 

 「橡の木19号」

「多摩川幻幻」を読んだときに、源流への思いが書かれていて、かつて自分が書いた詩で源流への思いに触れたことがあるのを思い浮かべました。以下の作品です。内山さんの詩のように、詩にはなっていませんが。


  「月夜のくろがし」    

            山内宥厳


寺川の流れを見ると山に目が移る 

あの山のあのあたりに 

ひとまたぎほどのまだ見ない源流があって 

わたしの思考はそのあたりへとんでいく 

雨あがりの激しくなった水の音も 

あの山中の谷間から天と地の轟きを開始する

 

今夜は月明かりがいい 


東光寺橋を渡ると 

疲れて帰るわたしの肩に 

くろがしの葉群れがざっざっと騒いで 

やわらかな月のひかりを照り返す

百ちかい石段をゆっくり登るにつれて 

この里の家々の瓦が視野のなかで大きくなり  

月明かりをしーんと受けとめる 

鳥見山も音羽山も羊羮色で月に濡れている


今日は月曜日で 

わたしはしこたまパン屋に精だして 

不可思議のいちにちを生きてきたのだ

なぜわたしは週に一度はパン屋になるのか 

重い足を運んで石段を登り 

くろがしの葉群れの高さにわたしが立つと 

月明かりもここへは届かず 

本堂前の蝋燭立ての下あたりから 

黒猫のマニス・ノアールがわたしを迎えに立ち上る 

彼女の甘えた鳴き声を耳にしてから 

わたしは変身する 

パン屋から僧侶へと 

あるいは具体から抽象へと

 

わたしはなにかにつつまれくるまれてあることを自覚する 

模糊としたわたしの過半生が 

くろがしの葉群れの闇にのまれてしまったかのように




 橡の木のみなさんは、じっくりと書いていられて、軽率なところがなく、地に足がついている感じがします。

 気負いがなくて、詩を書くことが思索ある生活をさせてくれているように思います。

 内山さんのオーラを受けて、みなさんが人生を深めていられるように思いました。



 同人のみなさんへひとことづつ


 安藤さんの2歳に先を越された、という感受性は大切にしたいもの、詩は自省するこころの記録ですね。

 村尾さんの前を横切っていく赤い蛇、渡りきるのをじっと見送る、移り変わるものが人生でひとはいつもなにかを見送っているのです。自分が残され、残されている自分を自覚自省する。

 宇津木さんのいつか自分が入る部屋、私はそこにはいませんなんて歌は嘘だよと、だれかに歌って聴かせてやりましょう。

 内田節子さん、魚だって天寿をまっとうすることができるはずで、運のいい魚は冷たい滝壺なんかではなくて、大洋を泳ぎきって人間なんか関係ない天上界へ到達するかもしれない。内田さんはニヒルなんかな?閉塞感とか天のまな板とか、魚は減りもせず、へこたれない生き物ではないだろうか。ベジタリアンになって肌をつややかにいたしましょう。

 池田さん 足元にある小さなことを どれほど見過ごしてきたのだろう という自省は直感とパースペクティブを養う大切なこころばえ。人生で与えられるものは全部、常態のものです。    

 なにがあってもあわてなくてすむ詩人の冷徹な目もそこにありますね。

 木村さん 気配を感じて、本当にいたりして、見えないものたちとも人間は仲間です。魑魅魍魎も餓鬼も、大切な仲間。そういうこころを失ってから現代人はものを科学的と称して、鈍感になってしまっています。なんにも見ない感じないで、判断は他人や機械にまかせるあわれな人間。

 高橋さん 木の葉もまた自分の意志で木から離れる。意志したことを行動できるが、なにを意志するか、意志することができない人間存在。そこを見詰めて。

 岡さん 何年来変わらない、何百年も変わらない生活、そんなものを叩き壊してきたのが進歩とか成長だった人間は、ちいさないきものであることを忘れてしまっていますね。


 塩野さん いのちはひとつ この世界にたったひとつ 鹿も鳩も、人間も植物もひとつのいのちです。 

 だれかが死ぬと言うことは自分が死ぬと言うことだ、だから問うことはやめよ、誰がために鐘はなるかと、というダンの詩はそういうことをいってるんですね。

PS 

 狩野さん の詩を見落としていましたので追加します。

 微かに寝息をたてる家人は/わたしが時々いなくなることを知らない  吐き出せない 重い疲れ とはなんでしょう。吐き出せないとは、吐き出したいのにそれが出来ないということだろう。だれもが持っている苦悩なのか、あるいは不幸の自覚をもつ人間が抱えている問題だろうか? 揺らぐ 歩く 夢遊病者のように歩くのだろうか。今日は ずいぶん歩いたようだ は蛇足。現実界のつまらなださにひきもどされる。


 つまらぬ感想を送ります。

                             山内宥厳拝

2009年6月21日 (日)

福山・東京楽健法研究会&新幹線での出会い

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福山の教室からは遠くの緑の風景がひろがって見えています



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6月20日 東京楽健法研究会



 東京楽健法研究会が終わってからすぐ新幹線に乗れば、8時すぎには帰山ができるわけだが、かなりハードなので、いつももう一泊する。東京楽健法研究会のメンバーと、終わってから喫茶店でのコーヒータイムも貴重な楽しい時間です。

 今回は喫茶店での歓談のあと、サパナというネパール料理店へ7人で行きました。

 サパナという店の料理は、なかなか美味しくてお勧めに値する。

 今年のアーユルヴェーダ学会の総会で、楽健法を市民公開講座で紹介することになっているが、開催時間が11月29日の夜の時間に組まれているので、私は翌日のパン工房が待っているので、この時間に担当するわけにはいかない。そこで増野真理子さんに講演をお願いすることにしました。

http://www.active-club.com/tokyo31Ayurveda/ アーユルヴェーダ学会総会



 発表の論文作成は増野真理子さんが担当、山内宥厳と共同研究として発表することとなります。

 増野真理子さんが楽健法研究会の指導者としてよりステップアップするだろうと期待大。

 今朝はホテルで4時半に起床。朝風呂をあびてからメールチェック。5時半のJRで東京駅へ。

 6時博多行きの始発に乗車。普段は通路側に座るが、今日は窓側に座ってパソコンをとりだした。

 発車間際に乗って来られた方が空いていますか、と英語で話しかけてきた。OKと返事して見上げるとインドの女性だった。彼女もすぐパソコンをとりだして、パソコンが2台並んだが、ニコニコしながら話しかけてくださるとても明るいオーラのひとで、しばらく話しているうちに15年も日本で暮らしているという。それなら日本語でいいじゃないですかといって、横浜を過ぎたころからいろいろ会話がはずんだが、彼女とは共通の知り合いがいて、アーユルヴェーダのシャルマ博士やUKクリシュナもみんな友人であった。Neela Srinidhiさんといわれる女性で、インドのシュリシュリヨーガ、サハジサマディ瞑想教師をされている方であった。

 寡聞にして私はこの組織のなんたるかを知らなかったが、パソコンでいろいろな資料、動画を見せてくれた。25日に現在訪日されているインド人の先生を伴って東光寺を訪問するということになった。

 なにか急展開が始まった感のある、ニーラさんとの不思議な出会いであった。

Neelaさんの所属する組織は以下のURL。

http://www.artofliving.org/intl/

以下のページの下段のkobeに彼女の名前がある。

http://www.artofliving.org/intl/Worldwide/Japan/tabid/164/Default.aspx

2009年6月17日 (水)

空梅雨

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  東光寺のご本尊 金剛界大日如来


 6月16日のパンの日、夜のNHKニュースで、天台宗の座主が初めて高野山を訪れて法要に参拝したと報じられていた。真言宗高野山の座主、松永有慶師と並んで歓談している様子が報道されていたが、その画面に私の師匠である、新居浜の萩生寺住職、斎藤友嚴師が天台座主の後ろで世話を焼いていられる姿も映っていた。

 日本の仏教界が多数にわかれていて、前回アップしたインド仏教の指導者、佐々井秀嶺師が日本仏教界の現状を批判する講演をしていられたと、今朝のメーリングで読んだばかりだが、宗教界も政治の世界も人間という共通の一つの地盤で話し合えることは、永遠に来ないのだろう。

 東光寺へよく来られるカトリックのペテロ神父さんは、「他宗教との対話」という活動もされていて、彼の叙階式へは、他宗教の立場から招かれてベルギーの教会のミサに参加したことがあったが、宗派を越え、立場を越えての互いの理解ができるようになるための共通の地盤は、人間が大きな地球的な規模の困難にでも直面しないかぎりあり得ないのかもしれない。

 オバマ大統領はすこしは大きな目標をたてて邁進する精神の持ち主であろうか?

 北朝鮮の現在の原爆実験やロケットの実験など、なにを欲しているか理解しがたいデスペレートなやり方に見えるが、大国の過去の横暴ぶりは、似たり寄ったりのやり方だったとはいえまいか。

 今朝のわが思いの一端である。

2009年6月13日 (土)

東光寺合宿 佐々井秀嶺師の朝日記事

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 東光寺道場の庭はいまどくだみがちいさな白い花を二つずつ並べて、満開で咲いている。

 どくだみは時折野草の天ぷらの食材に活用しているが、蚊にさされてかゆい人に葉を揉んですりこんであげると、かゆみがすぐとまるので、薬としても活用している。

 どくだみの匂いがきつくて嫌うひとが多いが、天ぷらにするとあの匂いがほのかになって、食味を増すように思う。

 同じ場所の崖際には雪の下も生えていて、これも天ぷらに活用する。

 雪の下がやや肉厚だが、私はどくだみのほうが好きである。

 今月はあまり講義時間がとれなかった。

 講座の進め方が無計画なのがいけないと反省しているところ。

 10代のころに下村湖人の次郎物語を愛読したことがあったが、そこに無計画の計画ということばがなんどかでてきて、人間のあり方について考えさせられたことを思いだす。

 

 佐々井秀嶺師の帰国して講演活動などしているという紹介記事が今夜の朝日夕刊に掲載されていました。山際素男の書いた「破天」で佐々井師の半生を知ったが、人が所をえて命をかけるような活動することの避けられない因縁、運命を考えさせられる。こういう僧侶が楽健法を活用できるなら、もっと大きく世界を動かせるのではないか、と思わずにはいられない。

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インドでニューブッディズムの指導者として、長年活動されてきた、破天荒の人生を生きてこられた僧侶です。

2009年6月11日 (木)

てふてふが来ないのか

 久しぶりに昨日午後から雨になって、今朝は晴天になった。宅配の集荷に来たお兄ちゃんが「今日は晴れていますね」と笑顔で荷物を持ち帰ったが、東光寺の庫裏はひんやりと冷たく、もうひとつ気温はあがらない。


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酔芙蓉の葉 青虫はいないです。今日も蝶は見かけない。



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私が庭に出るとマニスがかならずついてきます。

マニスは耳が聞こえなくなりました。




 庭の緑はきれいだが、今年はまだてふてふ(蝶々)が舞うのを見ない。酔芙蓉の葉っぱが増えてきたが青虫がいないので、葉っぱが生え揃っていてきれいなままである。去年はこの季節には青虫が酔芙蓉をむしばんで、捕らえては退治するのに忙しかったように思うが、てふてふの時期はまだこれからなんだろうか?

 蝶は春にはさかんに出てきているはずではないかな。酔芙蓉の葉に青虫が来ないのは、蝶が来ないからであろう。

 庭の手入れをしながら、肌寒かったりする今年の6月はどこかが変なんですね。

 温暖化とはいうものの、野菜や米が育たない寒さの夏がやってきていて、虫たちも少ないのかも知れない。どこかで温暖化などという人間の予想などとは関係なく、違った異変がはじまっているのかも知れないですね。

 

2009年6月 9日 (火)

楽健寺天然酵母パン工房

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東光寺の参道の石段から本堂を見上げる。

一昨日トンネルをつくっていた枝を払ったので、すっきりと見とおせるようになりました。

天然酵母パン作りを始めたのは1974年(昭和49年)の4月だったが、当時はみんな開かれていたこの9軒の貸し工場長屋、も閉業したところが増えて、4軒だけになってしまった。

右の軽4は楽健寺の配達用の車。

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この看板の文字は1981年に朝日新聞の記事を見て受講にきた人がこしらえて持ってきてくれたもの。

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ブドウパンの成形。今使っている干しブドウは小粒で、やや硬いというひともいるので、次回からやや大粒の甘みのまさっているものに変更することにした。

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これはクルミとブドウを入れた一番人気のあるパン。

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朝の4時からパン工房で捏ねはじめて12時間後、夕方4時すぎに荷造り。5時に運送屋が集荷にくるので、大忙しで箱詰めをしています。

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農文協の「うかたま」、季刊15号780円が出ました。

楽健法の連載第6回目が掲載されていますので是非ごらんください。

http://ukatama.net/ 

2009年6月 7日 (日)

東光寺の朝の作務の庭掃除 

6月7日(日)

先週の松江、出雲へ出張中に東光寺山は相当強い風が吹いたらしく、本堂のなかにも落ち葉が舞い込んでいました。

今朝は石段の掃除から始めましたが、大きな枯れ枝混じりの落ち葉は、あちこち引っかかって手間がかかります。

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本堂の横には、グミの実が色づいてたわわに実り、重くなった枝が地面に触れんばかりでした。

グミは毎年おいしそうな色になりますが、えぐみがあって、熟すのを待てば甘くなるのだろうと思いますが、必ず小鳥に先に食べられてしまいます。

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携帯カメラで写したのですこし画像がよくないですね。

地面に垂れ下がっていた一枝を今朝起きがけに切ってきて床の間に活けてみました。

東光寺の庭は緑いっぱい。樹木の生長が早くて、にわかに空間が狭くなったように感じます。

石段の上がり口のあたりが両側から枝が伸びて重なり合い、トンネル状になっていたので枝をカットしましたら、石段が開放感を感じるようになり、見上げると石段の天井は緑の大きなドームになっています。

上を見上げると葉群れごしに空がこぼれ落ちてきて、胸が広がった気分になります。

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インド舞踊をした舞台の芝生もかなり茂ってきました。芝生苅りをしなくてはいけない状態です。

2009年6月 6日 (土)

松江の茶山楽健法教室 5/29(金)

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茶山教室の正面の床の間 上の文字は幸子先生の揮毫。

今回のここでの楽健法講習会は午前と午後の2回。

午前中は一般開放の教室で、午後は受講生が対象。

昼食時間に階下のラーメン店の塩ラーメンがおいしいからと、周藤先生が案内してくださった。

店の名前は「あんくる」という。ご主人の名前が「安来」なのでもじって「あんくる」と名付けたそう。

12時半ごろに入ったが、あんくるさんは不機嫌そうな顔で、家主の周藤さんに、楽健法の車で駐車場が満車になって、来た客が入らずに帰ってしまう。

楽健法は12時には終わるように考えてくれないと商売にならぬ、というクレーム。

周藤さんはあわてて電話してスタッフの車を移動するよう指示していた。

客の顔をみてから作るので時間がかかるとのことであったが、間もなくラーメンが運ばれてきた。

このラーメンはマスコミで取り上げられたりもして、ファンが増えているとか。

午後の教室では、塩ラーメンが塩辛かったので、何度も水を飲む羽目になった。

機嫌の悪い人のつくったものは、遠慮するのが賢明であると水を飲みながら思ったが、これも人生経験の一つだろう。

5月30日

西光寺という臨済宗の寺での楽健法講習会。周藤さんは小学生のころに、この寺の娘と仲良しの同級生で、自宅で暮らすより、泊まり込みでこの寺で過ごすことが多かったとか。しきりに懐かしがっていた。

楽健法は2階の広間で開催。

終わってからこの寺の精進料理をいただいた。

精進料理はとくに凝ったとびきりの感じはしなくて、家庭料理のやや上レベル域をでないか。

湯ノ川温泉というところで、一風呂浴びてから周藤家に舞い戻って宿泊。

岡山の蒜山高原で天然酵母パンをつくっている勝部さんと木村君も同宿。この日の移動の足、車の運転は勝部さんがやってくださった。

5月31日(日)

出雲市内の阿弥陀寺の近くの公民館での講習会。40名ほどの参加。

9時開始なので、1時間ほどの講演のあと楽健法の実技指導。

各部位を30回踏んでから、次のポイントに移るというやり方で楽健法を指導した。

阿弥陀寺で月に1回、指導を受けているという老婦人が、月1回ですが、ずいぶん元気をいただいていますと話しかけてくれました。

会場からそう遠くないホテルで昼食。2階のレストランから池のある庭が見下ろせる。

1米ほもあるような見事な鯉がざっと数えて30数匹泳いでいた。

尾原さんに送ってもらい、空港へ2時15分に着いた。搭乗手続きをすませ、エスカレーターに乗ろうとしていたら、周藤教室の指導をしているRさんが見送りに来ていた。

あたたかい人たちに囲まれて、松江と出雲の講習会は今回も無事終えることができました。

皆さんお心遣い有り難うございました。

2009年6月 5日 (金)

松江の天然酵母パン教室

 5月28日

 松江の周藤さん宅に8名が参加し、前夜に仕込んだパン種をもとに、ホームベーカリー3台、手捏ねで約3キロの粉を生地にしあげました。

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周藤さんが自然農法で収穫した小粒のタマネギを前夜にたくさん下ごしらえをして、タマネギカレーをつくりました。

下の写真は一次醗酵だけさせた生地を分割してねかせ、麺棒でのばして作ったナン。

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こちらは一個約50gのパコーラ(揚げパン)です。揚げパンも二次醗酵は不要です。

こんなおいしい揚げパンを食べたことがあるひとはまれだと思います。

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こちらは受講生の持参した鍋に250gの生地を6コ入れ中央には150gを一個。

醗酵してこれからガスにかけようかというところ、すごく醗酵しています。

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焼き上がりましたが、頭がやや焦げすぎましたね。

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上のパンをつなぎ部分から割ったところ、きれいな生地の上がりかたで、みんなでちぎって食いながらうなりました。

おいしいー!!

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3台のホームベーカリーもみんなきれいに上がりました。

今回のパン教室には沖縄からも参加してくれました。

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翌日から3日間は楽健法の教室でした。

松江の茶山教室と出雲で2日間。

松江で毎日この日誌をアップするつもりでいましたが、茶山ではイーモバイルがつながらなくて断念。

茶山は松江でも中心地に近いと思いますが、なぜだろうね?

大田市でも温泉津では圏外でした。

2009年6月 4日 (木)

温泉津の金剛院{高野山真言宗}の槙の大木

5月27日

 龍御前神社の横町の奥に金剛院という小さな真言宗の寺がありましたが、門前に数百年はあろうかという槙の大木がそびえていた。槙の木は徳島の町のあちこちの屋敷の塀際に植えられていて、季節には二粒ならんだ真珠ほどの実がなり、一つは青いままで、もう一つが黒っぽく熟してきて、よく塀によじ登って食べたことを思いだした。

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 これほどの大木なら、地元の天然記念物に指定されないのだろうかと思ったが、そんな気配はなく、遠景と見上げて写真を写してみた。

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 龍光寺の奥さんは、金剛院へは初めて来たということだった。

 大きな樹木には、樹霊が宿るのだろう、この槙の木にも霊気が感じられた。

龍光寺へ 5/27

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石見銀山から銀を船で搬出した港などを案内していただき、龍光寺へ。

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龍光寺の本堂 

龍光寺は「中山身語正宗」という真言宗系の寺院です。

敷地、5万坪とか。深い山を背に本堂が建てられていて、もっとも小高いところにある奥の院が、創建当時の本堂だったとか。

奥の院までは、かなりの山道を20分ばかり登っていきます。

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ご住職は高野山の普門院で6年間の勉学を経て、龍光寺の住職となられた方。

明28日は、龍光寺の月例祭で、信者の方々が清掃や供華のために来られて、山中のお堂に花を活けていました。

信徒会館で、ヨーガや楽健法を奥さんから学んでいるといいう生徒さん3名が迎えてくださいました。

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信徒会館の一室にかかっている書の軸。

心足身常閑 というのはまさに楽健法の心構えをしめしていますね。 

奥の院への山道

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本堂から山道へかかると、写真のようなややエキゾティックな石像などがありました。信者さんからの寄進とのこと。

右後ろに大きな岩がありますが、この山は昔地震があって、巨岩の山が裂けてこのような大岩が一面に転がっているとのことです。見上げると巨岩が堆積しているのがよくわかります。これらの岩はすべて麦飯石とのことです。

この外人風の石像も、そうした岩の上に安置されています。


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奥の院への途中に巨岩に彫られた朱塗りの不動明王が祀られていました。

傾いで下半身が埋まっているのは、ある大雨のときに、このお不動さんの巨岩が滑って10メートルほど移動したそうです。

大雨のあと本堂のほうからいつも見えていたお不動さんがいない!とびっくりしたそうですが、やや下のほうに流されたとのこと。転がって落ちてきたら大事故が起こりかねなかったとのこと。ここで踏みとどまったのは不動なればこそですね。

奥の院はこの山に寺を建立した60年ほど昔の、最初の本堂がいま奥の院になっているとのことです。

奥の院で般若心経をお唱えして参拝しました。

石見銀山の観光は時間がないので、次回におあずけとし、琴ヶ浜で鳴き砂を踏みしめて日本海と向かいあう。

石見銀山世界遺産センターを見学して大田市駅へ。

龍光寺の大黒さま(奥様)有り難うございました。

2009年6月 2日 (火)

温泉津泊、龍光寺、石見銀山へ

5月27日朝

 昨夜は、温泉津の「のがわや」に泊まり、白っぽい湯の温泉につかって9月の公演予定の芝居の台詞を思い出しながらしゃべってみた。ほぼ忘れないで台詞が口をついて出てきたので、まだ今年もやれそうだと思った。

 今年の芝居の音楽をやってみたいという、中村裕子さんとのリハーサルを思いだしながらの独白の練習である。

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 温泉津の宿「のがわや」に一泊し、今日は地元の龍光寺の奥さんが迎えに来てくれて、案内してくださる予定になっている。それまで朝の温泉街を散策。海辺まで散歩。途中、旅館のすぐ斜め向かいに龍御前神社というのがあり、道路から見上げると龍の頭の形をした巌が口を開いていて、その顎の下の山中に社が建っていた。

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 社までの岸壁に沿って、上り道があり、社まで上って見た。社からは温泉津の街を見下ろす眺望が広がっている。

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 右手には石見銀山から銀を運び出した港が見えている。

 街を見下ろしていると電話がかかった。出迎えに来てくださったのであった。

 

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