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2009年7月に作成された記事

2009年7月28日 (火)

2009年9月12日(土) 東光寺奉納芸能の夕べ インド舞踊と一人芝居


 今年も9月12日土曜日午後6時から、東光寺本堂で、インド舞踊と一人芝居の奉納を行います。インド舞踊は例年奉納をしていただいて8年目になる、マドウ・プリヤ先生。

 一人芝居は和尚、山内宥厳のアドリブ演奏と芝居、 「がらんどうは歌う」 

 今回の芝居の賛助音楽演奏は、ピアノ・中村裕子さん、宥厳和尚の笛とのコラボで舞台を構成。

日 時 2009年9月12日(土)午後6時開場 6:30開演

会 場 楽健法本部 磐余山東光寺本堂

会 費 2000円

    参加希望の方は、電話かメールで予約してください。

電 話 0744-46-2410

メール ytokoji@begin.or.jp

(インド舞踊)出 演 マドウ・プリヤ6:30から約40分

(独白劇と即興演奏) 山内宥厳 

(ピアノ 即興演奏) 中村裕子

構成演出 山内宥厳


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マドウ・プリヤさんからのメッセージ

今年も東光寺で奉納舞台をさせていただけることになり、とてもうれしく思います。

インド舞踊を初めてご覧になる方にもわかりやすく親しみをもって楽しんでいただけるよう、なるべく丁寧な

解説を添えてご紹介したいと思います。


 1malari&ganesha sloka

舞台の成功と吉祥を祈る幕開けの曲です。

物事の始まりを司り、あらゆる障害を取り除き、幸福を与えてくれる

象の頭のガネーシャ神をたたえる祈りが添えられています。


 2herara

物語主体の演目ジャワーリです。

ヒロインであるうら若き乙女は、美しいクリシュナを見て恋に落ちてしまいました。

彼女はクリシュナを道で見かけると、目配せしたり、声をかけたり、最後にはお茶目に

手をひっぱったりして気を引こうと一生懸命です。

この演目では片思いする(神を求める)乙女の切なさ、一生懸命さ、かわいらしさが生き生きと表現されています。

ヒンドゥー教において、神様がどんなに人間に身近な存在であるか、実感させられる作品です。


 3thilana mohanam

舞台の最後を飾る華やかな演目ティラーナです。

この曲は、ヴィシュヌ神の化身の一つ、モーハナ神にささげられたものです。

ちなみにモーハナ神はあらゆる人間、動物、生き物を一瞬にして魅了してしまうという

最強にチャーミングな神様です。


公演案内ビラ

2009年7月25日 (土)

 「ぼくと1ルピーの神様」を読んで

 先週の東京楽健法研究会の教室の前夜17日、いつもの東京グリーンホテルに泊まり、後楽園球場の広場へ食事に出かける。後楽園では何ヶ月かごとに、LUSHでミツバチマーヤという石鹸を買うことにしている。駅ビルでざるそばを食べて、後楽園駅のビルの5Fにある丸善書店にはいって文庫本を眺めていて、手にとったのが「ぼくと1ルピーの神様: ヴィカス・スワラップ著」

 何度かテレビのコマーシャルで、この映画の予告が流されていたことを思い出した。

 映画館に足を運びたくなる気にはならなかったが、あの映画の原作で、インドの小説家の処女作品ということなので、すこし立ち読みしていたが、読んでみようと買ってきた。

 帰りの新幹線と近鉄電車のなかで読み終える。

 主人公は生まれてすぐ捨て子にされ、いろいろ変転しながら成長していく。出会った人や出来事の体験が、うまくクイズの問題と絡み合って、賞金5億ルピーのテレビのクイズに正解を繰り返していく。

 人生はこんな風にうまくいくものではないが、娯楽読み物としては飽かせない構成になっている。

 インドの貧しい階層の生活ぶりや、孤児を慈善ぶって拾い上げてきては、障害者にして乞食をさせるママンという悪辣な人間など、さもありそうな人生の裏街道などもよく書けている。

 二流の通俗小説。

 アーユルヴェーダ学会に長年かかわってきて、インドが好きになったかと振り返ると、それほど好意的に現実のインドを見ていない自分に気づく。

 古代インドの哲学、仏教やアーユルヴェーダの知恵などをひもといてきて、西洋思想に支配されている現代のわれわれが、人間喪失してしまっていることと比較して、なにが大事なのか、比較しようとする自分の考え方のなかに、インドの価値が置かれているのだと考えている。

 現実のインドも、いまや西洋に追いつき追い越せという勢いで、人間にやさしいインド社会をつくりあげようとしているのではない。

 


 

 

2009年7月24日 (金)

芝生の手入れ パン工房の夏休みについて

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  新緑の頃の青い芝生

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  蘇るか?芝生の日陰を70%ほど解消しました


 7月19日に芝生が枯れてきている写真と5月の青々とした芝生の写真を掲載していますが、今日芝生を眺めていて、枯れているところは、日陰になっている部分だと気づいたので、午後に長く伸びる枝きりののこぎりを持って行って、影を作っている枝を切りました。

 4月に芝生を作ったころは、新緑の始まる前だったので、杜の木々はまだ葉が茂っていなかったので、芝生が一ヶ月で育ってくれたのです。

 今日枝を切ってから、全体に日が当たるようになりましたので、芝生は復活してくるのではないかと期待しています。うまくいけばいいのですが。

 今月の講習会は明後日、7月26日(日) 7月27日(月)はパンの日ですが、翌週から8月いっぱいはパン工房の夏休みに入ります。

 夏場はパン工房は40度を超え、体力的に無理なので、休むことにしています。

 第9期生の合宿と、8月23日の本部講習会は開催します。

 東京楽健法研究会と福山教室は夏休みです。

2009年7月22日 (水)

本堂前のマニス

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 マニスはこのごろ少し聴力が回復してきた気配があって、私が帰ってきても身体に触るまで気づかなかったりしていたが、数日前から反応が敏感になっているようだ。声をかけ呼んでやるとやってくるようになってきた。

 足の爪が伸びすぎて、肉球に食い込んでいたのに気づいて、爪を切ってやってから弱りがちだった体調が回復してきたように思う。

 今朝は雨があがってクマゼミが鳴き始めたが、湿った地面のどこかに巣があるらしく、本堂の前に丸虫がたくさんはい回っている。あまり可愛いとかいう感じはしないので、箒でご退散頂くこととする。

 竹箒ではいてみると、ボールのようにまん丸くなって庭に転がっていく。

 今日は日食だが、曇っていて太陽は姿を見せない。観察しようと思っていたが、パソコンをやっていたので、気づいたときにはもう終わってしまった時間になっていた。

 

2009年7月19日 (日)

大雨になりました

 昨日、福山教室、東京楽健法研究会の教室を終えて10時半すぎに帰山。マニスが見あたらないので本堂の鍵を開けると、護摩檀の脇机の下から這いだしてきて、大きな声で寂しかったよと鳴き声をあげた。猫の鳴き声にも様々な感情がこめられていて、出かける時には行かないで!という感じの悲痛な鳴き声を出す。

 今朝は大雨で、先ほどまで雷もかなり近く聞こえていた。

 東光寺山頂の芝生が枯れかかっている。梅雨のあめで活着すると期待していたが、あまり雨が降らなかったので、黄色くなってきている。先般芝生苅りをしたのが良くなかったようだ。伸びたままにしておけばこんなに乾燥しなかったのではないかと思うけれども、芝生の維持管理はかなりむづかしいかと思う。今朝の雨で持ち直してくれたらうれしいのだが、、、、


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現在の芝生の様子


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5月末ごろの芝生は青かったのだが…

 AM2時34分。

2009年7月15日 (水)

楽健寺パン工房

 7月13日のパン工房には、西澤真由美さんと小林恭子さんが応援に来てくれました。パン工房の始動は日曜日のパン種作りから始まりますが、二人は幸子先生と一緒に東光寺を下山して楽健寺へ宿泊し、パン種作りから体験することにしました。

 昨夜は三人は有名なお好み焼き屋「いこな」へ行ってきたとか。いこなという店は楽健寺から二キロほどの宝持というところにあって、この店には、司馬遼太郎の街道の挿絵をずっと描いていた、須田剋太画伯の作品が沢山展示されている店です。

 須田剋太さんが、たびたび来られてひいきにしていた店なのです。

 楽健寺のパン工房は、それ以前は額縁の製造をしていました。額縁の製造をしていたころには、須田剋太画伯の額縁もたくさん手がけていましたので、須田剋太のアトリエにも仕事がらみでなんども訪問していましたし、初めて須田剋太さんのアトリエへ訪問したときに、「あなたは額縁の職人という雰囲気ではないが、なにかされていますか?」という質問をうけて、詩や演劇の活動をしていることを話したことから、須田剋太さんはその後私を友人として扱ってくれ、気に入ったのがあったら持って行っていいよ、などと気さくに言って、何枚かの絵をくださって、パン工房には、そのうちの一枚の抽象画(ガッシュ)が、無造作に飾ってあります。近くその写真を写してアップしておきましょう。

 私がパン工房へ着いたのは3時35分。すぐパン工房へ入ってパンを仕込みますが、気温が高いので、パン工房の焙炉やオーブンに火を入れると、室内は窓を開けていても40℃ぐらいになります。西澤さんも小林さんも慣れないので、温泉につかっているような赤い顔になっていましたが、パンの成形や袋詰めなど、慣れないながら、手伝ってくれました。

 おかげで、いつもは五時ごろになるのですが、四時には仕事が終了し。宅配便も早めにきてもらって一日を終えました。

 

2009年7月11日 (土)

東京国際ブックフェア 20090709

東京国際ブックフェアへ参加。東京楽健法研究会からは西澤真由美さん、小林恭子さん、近藤琴美さん、溝口美伊さん、中島光弘さんが応援に来てくれました。

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農文協のブースで

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巨大な会場には世界中の国々からも出展があり、日本の大小の出版社もブースを出していました。

参加者も多く、楽健法のデモンストレーションでは希望者数名に楽健法の体験をしていただきました。

2009年7月 9日 (木)

RE:詩誌・橡の木19号 日本未来派219号 へ内山登美子さんからの返信

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東光寺山から耳成山、その向こうは二上山


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東光寺山のクロガシ 本堂の北側の風景

内山登美子さんへの手紙参照ページ http://d.hatena.ne.jp/ytokoji/20090623 



山内宥厳様

 このたびは拙詩「私は、こわれかけて」にお便りをいただき、ありがとうございました。

 山内さんは 私よりずっとお若い筈ですので、現実に、というより、たぶん想像によって、直観的に拙詩の何かを把握して下さったのだと嬉しく存じました。また、「橡の木」19号へのご感想も一人一人こまやかにお書き下さいまして ありがとうございました。

 月に一回勉強会をやっておりますが今月は7/18(土)ですので、その折全員にコピーして渡すことにいたします。深謝。   

さて、御詩「月夜のくろがし」、印象深く読ませていただきました。

 源流への想念は原初的とか原始的なものへの憧れでしょうか。そして私がとらわれたのは御作中三回もでてくる「くろがしの葉群れ……」というフレーズ。これが何かの象徴のように感じられました。

 ここでちょっと横道にそれますが、とてもおかしいのですけど、私は山内さんのことを思いますとき、御地、桜井駅周辺の風景は、いつでも現代の風景ではなく、古代の風景となって想起されます。(黒岩重吾の聖徳太子の世界が、いまだに私をとりこにし、今、この瞬間も、皇子が一人、馬で駆けて行った、という景色が浮んでくるのです。この目で御地の現代の風景を見ていないからでしょうか。)

 とてもおかしいことで笑われるかもしれませんが、これは本当です。

 そして古代の御地周辺は 樹木が黒々と密生し、緑も濃く深く、密林のようです。また、道はけもの道。

 磐余の地名も古代からありました。三輪山も鳥見山も耳成山も香久山も、畝傍山も、また葛城山も、古代から現在地に存在していましたし、もちろん現在の東光寺さんの山内さんが百段登るという小高い山も、当時から在った筈です。それでまたおかしい

のですけど、そんな中で、山内さんだけが現代人で、インド風の僧服をまとって、時折、山から里へ下りてきたりいたします。

そしてその辺りは古代は湿地帯で、細い流れにはアシなどが密生し、小舟が往き来したり……。

 これが私の、現在の御地周辺のイメージです。

 次に、お作品の「くろがし」のことですが。

 「くろがし」「しらかし」他、ブナ科の樫の木は、物の本によると、古代から日本各地に自生していたそうです。『縄文期植物名表』という本には、ブナ科として、「クリ」「アカガシ」「イチイガシ」他があげられているそうです。そして、常緑の樫の木は、生命の樹として信じられ、原始的な呪術的な面でも神の依り代として尊ばれ、人間は樹木と魂交わりをして長寿を願って、その葉を頭髪に挿して、「かざし」としたそうです。

 一番古い事例は『古事記』にヤマトタケルの歌として載っているそうです。確かめました。たしかに載っていました。

 ご存知のように、ヤマトタケルノミコトは景行天皇の皇子ですが、性格が荒々しかったので、天皇は彼を恐れて、日本中の征伐に追いやります。西国を平定して大和に戻ってくると、すぐさま、東国へ征けという。ヤマトタケルノミコトは父は自分に死ねというのかと嘆いたほど。

 こうして東奔西走し、日本中の(地方の)有力勢力を平定して、三重(現在の三重県)の能褒野(ノボノ)というところまで帰ってきたとき、病に倒れ、その病床で 故郷大和をしのんで四首の歌を作った。樫の木の歌はその中の一首で、次の歌です。

 命の 全けむ人は たたみこも 平群の山の 熊白橿が葉を うずに挿せ その子。

  (いのちの無事である人は、〈たたみこも〉平群の山の 大きな樫の木の葉を髪に挿して、かざしなさい、おまえたち)ほどの意でしょう。

  注◎ いのちの またけむひとは たたみこも へぐりのやまの くまかしがはをうずにさせ そのこ。(たたみこも=平群の枕ことば)(くまかし=「くま」は大きいという意)


 こうして望郷の歌を詠んだヤマトタケルノミコトは、この能褒野(ノボノ)で死去しました。

悲劇の英雄伝説ですね。『古事記』ではこのあとがさらにドラマティックで面白いのですが。


 だいぶ横道にそれましたが、以上のようなわけで、山内さんの磐余山東光寺のお山にも太古から、生命の木“くろがし”が自生していたと思われます。そして、お作品の中に三ヶ所も「くろがし」が登場するのは、現実のパン屋さんから、抽象の僧侶へ移行するには、どうしても樫の木の葉と魂の交わりをし、自己を浄化させる必要があった、と思われます。

 意識してか、無意識であったかは存じませんが、それ以上に周囲の自然の方が山内さんに接近し、見えない暗号を送ってくれているのだと。

 そして山内さんもこれを心地よく感じることのできるのは、山内さんのなかにも進歩やスピードのみを追い求める 現代文明へのいらだちや嫌悪感があって、できることなら天と地をゆるがすような原始の姿に戻りたいという憧れに似たものがあるからだと思いますが。

 ここで冒頭の「源流」が登場します。

 私は、百段の石段を登りながら くろがしの葉群れのざわざわに吹かれながら 俗界の塵芥を洗い落とし静謐な思考の世界へと自己を高めていく山内さんのお姿というか、そういう石段を登っていく一人の人間の姿が好きです。

 御詩「月夜のくろがし」を拝見したとき、あっと思いました。「これ」は「あのことだ」と思ったわけです。

 四十年も昔、必要があって読んだ『花の文化史』のなかに「樫の木は古代は生命の木」と信じられていた、と書かれていたことが、瞬時にして思い出されたのです。他のことは忘れても、これだけはなぜか憶えていたのですね。

 今回、山内さんの「月夜のくろがし」をテキストにして、その再確認作業めいたことを、させていただきました。 

 ありがとうございました。

 勝手なことばかり申し上げて、失礼があったらおゆるし下さいませ。

 未整理なままですが、御礼にかえて、お届け申し上げます。

  2009・07・06                内 山  登 美 子

2009年7月 4日 (土)

桜井駅で高校生殺人事件

 今朝は東光寺の頭上でヘリコプターが長時間ホバリングしてうるさくて仕方がない。なにがあったのかとと見上げていると、大阪から家内がやってきた。桜井駅のホームに人型の線などが描かれて、事件の捜査みたいになにかやっていた、というのである。

 ヘリコプターは数が増えて、約2時間ぐらいの間、桜井市の上空をやかましく飛来していた。

 テレビではまだなんのニュースも流れないので、「桜井駅」でニュース検索をすると、駅のホームで高三の生徒が同級生を包丁で刺して、殺人未遂で逮捕したと出てきたが、間もなく死亡したので、殺人容疑に切り替えて逮捕したとあった。

 これを書いているうちにテレビでもニュースが流れたが、殺そうと思って包丁を持って電車に乗ったらしい。口論しながらホームで刺した様子である。

 ホバリングしながら望遠で撮影したホームの様子が写っていた。

2009年7月 1日 (水)

東京国際ブックフェアに参加します

http://www.bookfair.jp/ 東京国際ブックフェアが開催されます。

7月9日に、二人ヨーガ「楽健法」の著者として宣伝のために出席します。

東京楽健法研究会のメンバー数名と、農文協のブースの特設ステージで、楽健法の体験コーナーをひらきます。

時間は午後3時から、約1時間ぐらいの間です。時間のある方はご来場ください。


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http://shop.ruralnet.or.jp/b_no=01_4540082795/

楽健法の本は長年にわたって多くの読者に支持されてきました。

今回の国際ブックフェアで、また新たな出会いがあるかも知れませんね。

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