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2009年10月に作成された記事

2009年10月22日 (木)

2009年10月16日 シュリ シュリ ラビ・シャンカール師の講演会で

 5月に東京楽健法研究会の帰り道、新幹線で偶然隣り合ったインド美人、ニーラさんのことは、このブログに掲載しているが、彼女がいろいろ企画し奔走してくださって、10月16日に、シュリシュリ ラビ・シャンカール師との出会いがありました。宿泊先のホテル、東京駅前にあるシャングリラホテルで、講演前の時間に、面会の時間をとっていただくことができました。

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シュリ シュリ ラビ・シャンカール師と山内宥厳 


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東京楽健法研究会のメンバーも

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有楽町ホールで、 舞台へ招かれて

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これから楽健法を世界に広げていこうとのメッセージをいただきました。この項目は書きかけですが、詳しくは後日アップいたします。西澤真由美さんが撮影してくださった写真が届いたので、とりあえずアップです。

2009年10月10日 (土)

今週は天然酵母パンの撮影取材と第9期生の講座

 東光寺の庭には、10本ほどの酔芙蓉がなんとか育っていて、今秋も花が咲きはじめました。


 7日水曜日から3日間のパンの本のための撮影を東光寺でおこなった。農文協の編集者とカメラマンの森田容実さん、スタイリストの深川あさりさんが泊まり込みで来山。3日間撮影のためのパン作りの過程を撮影しながら、焼き上がったパンまでの手順を追って撮影した。

 品目が20種類を越えているので、少量ずつのパンをつくるのは簡単ではない。

 小林恭子さんが水曜朝から手伝いに来てくれて、にぎやかな楽しい3日間だったし、無事予定の撮影がクリアできたのはありがたいことであった。

 小林さんは水曜から講習会にかけての4泊5日の下ごしらえから、パン作りまでの応援をしてくれた。

 以下のパンに関する記載は東光寺だよりに分載しているものだが、今回の講習会で使うために一本にまとめたので、ここに掲載しておく。 

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 9月14日楽健寺パン工房にて左から 近藤琴美 小林恭子 幸子先生


  楽健寺の 

     天然酵母パン

      

              山 内 宥 厳 

 天然酵母パンを世に送りだすようになってから、いつの間にか二十二年余(1996年執筆)がたった。一九七四年(昭和49年)の春、パン屋など、一度も見たことも覗いたこともない私の工房にでっかいパン窯(電気オーブン)が現われた。

 このパン工房は、それまでは木工所で、私は家具やら油絵の額縁をここで作ってなりわいとしていたのである。その数年前から私は楽健法と食養、ヨ−ガや瞑想などいろんな健康法を実行して十年来の喘息を克服し、主として玄米菜食をしていたが、玄米を美味しいと思うほど、まだ玄米食に馴染んではいなかった。子供の頃から、パンとさつまいもはかならずひどい胸焼けがして口にはしなかったので、パンとは全く無縁の暮らしであった。人間ながい一生の間には、いつどんなことがおっぱじまるか分かったものではない。

 そのころ私は体調回復のために週に三日ぐらいは、大鋸屑を酵母で醗酵させ、砂風呂のように穴を掘ってほかほかと温かい醗酵した大鋸屑(おがくず)のなかに、首だけだして埋めてもらう、酵素風呂へ通っていた。

 この酵素風呂にゆっくり入ったあとで楽健法をやると、鬼に金棒とでもいうほど筋肉が楽にゆるんでからだが楽になる。

 楽健法をやりだしてわかってきたことは、病気を直すには筋肉の硬さをほぐし体液、血液の循環を良くしてしまえばいいわけである。からだが固いということは筋肉が固いということだ。

 この考えにたって、病人に酵素風呂の後で楽健法を施してみると、面白いように効果があがる。

 楽健法をやりながら、玄米菜食などの食養が加わると医者も薬も不用といっていいほどである。 

 後に楽健法と命名して世に知られるようになった健康法を、当時酵素風呂にはいりに来ていたいろんな病気で苦しんでいた人々に、私は酵素風呂を楽しんだあとで奉仕活動としてやらせて頂いたわけである。

 楽健法は他力の健康法である

 こころある他人に踏んでもらえば、やってもらうほうはだれでもさして抵抗はないが、食養を実践するにはそのひとの思想や人生観の質の問題でそれなりの能力をもとめられる。

 玄米菜食などということになると、なかなか抵抗は大きいひとが多いものだ。

 病気を治したいばかりに、まずいとおもいつつ我慢して食うという程度の認識力では、食養の効果はないにひとしい。玄米と聞いただけで、眉をしかめるひとも少なくない。

 ある日酵素風呂でそういう話をしていたら、そこの経営者が、どんな病気でも直ってしまうおいしいパンを作れますよと、世間話をしながら口にしたものである。玄米などよりずっと美味で、消化はよく、腹持ちもよく、胸焼けなどしないばかりか、便秘もじきに直るというそんなパンだというのである。 

 まことに耳寄りな話だから作ってみようとさっそく研究をはじめたのであった。

 それまで、パンとはなんであるかなどということは考えたこともなかったし、どんなふうに作られ売られているかということなども、まったく視野の外にあって、あのようなまずい胸焼けするようなものを買って食ってるひとを見ると、半ば軽蔑していたぐらいであった。

 そんな人間が突然パンを作るなどと言い出したものだから、まわりはびっくりしたに違いない。

 数日の間に家庭用の電気オ−ブンから、パン作りの道具一式が台所に輝いたことはいうまでもない。

 これから私が作ろうとしているのは、いわゆる天然酵母パンというもので、市販のパン屋さんが売っているイ−ストによるパンとは、全くクオリティの違う醗酵食品である、などということに気付いて愕然とし、現代の食品のさまざまな問題点が見えるようになってくるのはまだすこし先のことだが、私は台所で実験室のなかの科学者のように顕微鏡まで入手して、天然酵母パンの醗酵と取組みはじめたのである。

 一九七二年のことで、世は高度成長期のまっ盛り、まだ自然食品などというのは一般

に関心など薄く、有害食品を並べた大形ス−パが各地に広がり始めた頃である。

 パンは世界各地にいろんな種類や作り方があって、地域により風土によってそれぞれ異なるものであるが、パンとは穀物の粉を水で混ねて蒸したり焼いたものをいう。

 大別すると醗酵パンと、無醗酵パンとに分類することができる。

 インドで見かける雑穀をまぜあわせてこね上げ、平べったくのばして焼いたチャパティというのは無醗酵パンの代表である。

 チャパティにはスパイスを混ぜて焼いたり、家庭や店によっていろんなつくりかたをする。

 以前にお釈迦さまが亡くなられたクシナガラの地でお寺に泊めていただいた時の朝食に、厚さ3ミリほどのスパイス入りのチャパティが、ステンレスの皿に20センチほども積み重ねて、どうぞとすすめられたことがある。

 そこでの朝食はチャパティとチャイ(砂糖のたっぷりはいったインド式の紅茶)だけで、ほかにはなんにもでてこない.。朝食は毎朝これですとお坊さんが説明してくれたが、その質素さにずしんと胸をうたれたのをおもいだす。昼になるとライスとカリーを一皿平らげたらそこの一日の食事はおしまいである。年中この程度の粗食が生涯つづくのだ。午後は食事をとらないのがお坊さんのしきたりである。 

 さてイーストをつかってふんわりとふくれあがったパンは醗酵パンという分類にはいるが、天然酵母パンの研究の課程でうかんできた疑問は、日本で市販されているパンはなんだかあやしいものだぞということであった。

 日本で現在出版されているパンの本には、現代のパンイ−ストを使ったパンは、醗酵パンとして位置づけられてあって、何の疑問もだれも抱かずにそう思っているが、私が天然酵母パンと取り組んで、まず気付いた最初の問題点、疑問は、パンイ−ストを使った現代のパンは、厳密に醗酵学的な定義からいえば、醗酵食品とはいえないのではないか、ということであった。

 パンイ−ストはまたケミカルイーストとかインスタントイ−ストともいわれているように、酵母がある条件のもとで炭酸ガスをだす、そのガスを小麦粉のグルテンに包んで膨らませる、膨らし粉の役割を担っているに過ぎないということに気が付いたわけである。天然の酵母と同じ役割をしているのではないということである。日本のパンは模造醗酵食品、インスタントパンであるということだ。

 醗酵食品とは、その食品に使った材料を、食品微生物が酵素と一体となって醗酵分解させて、べつの化合物に変化させてしまうことを醗酵とよぶのである。酵母や麹の醗酵というのは、材料や環境など(温度、湿度、通気性=撹拌したりする)必要な条件を満たしてやって、材料の醗酵分解、生成に必要な十分の時間をとらなくては、醗酵食品は出来あがらないのである。醤油を例にあげると完熟までは二年半ほどねかせて熟成させる。

 大手メーカーの醤油などは約三カ月から数カ月ぐらいまでで出荷するので、未熟な部分につく黴を防止するために保存料が必要となるのである。

 市販のパンに保存料を使うのも完熟させようのないインスタントパンですぐ黴が発生するからである。

 天然酵母パンの醗酵時間は一サイクル二時間十分。イーストは約三分の一で製品になるわけだが、こうして自分でパンの研究を始めたおかげで、目からうろこが落ちるようにさまざまな矛盾が見えてくるようになってこれではならじと普及にのりだしたわけである。                            

 食品に黴が生えてきたら食べられないということは常識だが、パンにももちろん黴が生える。

 現代のケミカルイ−ストで作られたパンは、防腐剤を使っていてもあまり日持ちしない。もちろん防腐剤の使用量を増やせば、黴が生えないようにできるが、防腐剤は生き物を殺す目的で作られた毒薬で、食品添加物としてのの許容量は厳しく決められている。

 市販のパンは夏場だとその日のうちに食べてしまうべきで、保存料をいれなくては三日ももたない。

 パンは足の早い食べ物だと思っていて間違いはない。

 しかし、楽健寺の天然酵母パンはけっして足のはやい食品ではなくて、日持ちがきわめていい。夏場でも一週間は黴がやってこない。

 天然酵母パンを試行錯誤しながら作りだして、はじめに気付いた不思議が、なぜ町のパンは足が早く、天然酵母パンは日持ちがいいかということであった。

 もちろん天然酵母パンには、食品添加物は一切使ったりはしない。楽健寺で作るパンはリンゴ、長芋、人参、玄米ごはん、砂糖、塩、小麦粉、水、でこれ

らの材料ををジュ−ス状にして味噌よりやや柔らかく調整し、醗酵させる。

 これをパン種とよんでいる。

 醗酵のスタ−タ−はいつも前回のパン種を一定量残して次回に加えていくのである。

 いちばん最初はどうするのか?とよく聞かれるが、小麦粉は「水一/粉一」の割合であらくまぜて三〇度Cで一夜以上保温すると醗酵してくる。

 これに上記の材料をいれて、醗酵させるのを何回もくりかえして醗酵力の強いパンだねにそだてていくのである。

 醗酵がさかんにになるとパン種はぶくぶくと泡をだして、顔を近づけると、プ−ンとアルコ−ルのいい匂いがしてくる。そうすればパン種は出来上がりである。パン種に使った材料の糖分を酵母が分解して、アルコ−ル醗酵している証拠で、こういう香りがしないとパンも美味しくない。

 パン種が酸っぱい香りになったりすると、酸味の強いパンになってしまう。

 こうしてうまく醗酵したパン種をもとに、ドウ(パン生地)を捏ねる。

 このドウをまた醗酵させる。

 醗酵時間は2時間10分以上かける。

 これを第一次醗酵というが、この作業がケミカルイ−ストだと、添加物を使わないと45分かかり、醗酵補助剤を使うと、時間は好きなように短縮できるのだ。30分でも15分でも最短7分までも短縮が可能なのである。

 天然酵母パンの2時間10分以上の醗酵というのは、酵母という微生物が、与えられた栄養物を分解して、別の化合物に変化させている時間なので、この行程を経て、酵母は分裂をくりかえして爆発的に数を増やし、酵母自身も高蛋白質の栄養食品と育っていくのである。

 ケミカルイ−ストの場合は、使った材料を時間をかけた醗酵によって、別の化合物に変化するというプロセスが手抜きされて、単に酵母がだす炭酸ガスを利用して水で捏ねた小麦粉を膨らませているだけで、醗酵ではないのだ。

 天然酵母パンになかなか黴が生えず、市販のパンにすぐ黴が生える理由は、じつはこの醗酵が本物であるか、膨らますために炭酸ガスを利用するだけのインスタントであるかという差に秘密がある。

 醗酵とは、使用した材料を微生物のはたらきによりまったく別の化合物に変化させることであって、小麦粉を水で捏ねて膨らませパンのかたちに焼きあげることをいうのではではないのである。

 ケミカルイ−ストのパンにすぐ黴がつくのは、酵母が材料を膨らませただけで、分解して別の化合物に変化させていないためで、じつは黴も酵母も同じ栄養を培養基として育つため、天然酵母パンのように醗酵が十分に行なわれた場合は、微生物の栄養を酵母が分解してしまって黴のための栄養が残っていないからである。

 醗酵によって材料を別の化合物に変えていくことを、醗酵がすすむというわけで、いい味わいに醗酵してくることを熟成するともいう。こうして熟成させた、ふかい味わいとフレ−バ−(かおり)をもったパンが天然酵母パンと呼ぶ資格を獲得する。

 天然酵母パンといって売られていても、ケミカルではない酵母菌をつかった似非(えせ)天然酵母パンが増えているのは残念である。

 その手のパンやケミカルイ−ストパンではこのかみしめるほど深くなる味わいは絶対にでてこない。 

 自然にものが育つには、必要な時間を必要としているので、人為的に自然の営みを短縮などするといいものはつくれないのである。

 パンだけの問題ではなく酒、味噌、醤油、漬け物など醗酵食品といいながらも検証に耐えないものが市場で巾を利かせているのが現状である。 

 無視されるもの

 天然酵母パンをテーマにこの文章を綴ってきたが、現代のパンイーストによるパン作りの方法論、思想は、ただパンにかぎらず今日の食品産業、農業から、工業、医学、にいたるまで現代科学の思想、方法論の上に成り立っている。

 科学的な思想方法論は二十世紀の人間生活の土台を強固にかためて、それなくしては今日の先進諸国の発展は約束されなかったろう。しかしこの発展の陰には、非情なまでのおおきな犠牲が払われてきたのである。

 科学は、根源的に大切なものにたいして、思考を深めてきたのではなく、目先の方法論や技術の発展に汲々としてきた。

 人間のくらしのありかたが、本来如何にあるべきかという考察などなしに、いきなり先進技術や新しい食文化などを旧来のくらしのなかに持ち込むと、一時は何かが良い方へ変わったかに見えても本質は生活を根底から破壊してしまっていることが多々ある。

 そういう例は枚挙に遑がないが、いま日本中のこどもたちを苦しめているアトピー性皮膚炎にしても、その一例である。

 アトピーという言葉は《なんだかよくわからない》という意味のギリシャ語だそうだが、アトピー性皮膚炎は、敗戦後の日本の食生活と環境の急変の結果もたらされた病気であることは間違いない。

 戦後の日本人は西洋人の食生活に比して、肉食の不足、牛乳の不足が叫ばれて、高蛋白質、高カロリーの食品を摂取することを盛んに奨励されて、肉食大好き、牛乳、卵大好き、野菜大嫌い人間を大量生産してきた。

 アトピー性皮膚炎はまさにその真っ只中に育った世代と、その二代目世代の不幸な産物である。明治生まれ、大正生まれ、昭和一桁から戦争中に生まれた世代には、アトピー性皮膚炎はほとんどない。

 ちなみにインド、ネパール、スリランカのこどもたちには、アトピー性皮膚炎などという病気はほとんど見られない。アメリカも多くはないということだ。

 世界中の国について、アトピー性皮膚炎の有無を調査したら、なにがアトピーをもたらした

かということは、たちまちはっきりするに違いない。

 アトピー性皮膚炎は、多様な生活の変化によるストレスと、とりわけ動物性蛋白質の過剰によって、筋肉の硬化を招き、血液と体液の循環が阻害されて、強い便秘を伴って、不浄物を十分に排出できなくなり皮膚から、湿疹として不浄物を排出しているのである。私は楽健法を長年提唱し、その普及に努めてきたがそこで出会った多くのアトピー性皮膚炎のこどもたちは、例外なく上記の状態を示していて、楽健法で筋肉をゆるめて循環をよくしてやり、食生活を意識的に変えると、短時日で回復するものである。

 どうしてこれをアトピーなどと名付けて平気で首をひねっていられるのか、現代医学の無知蒙昧とでもいおうか、不思議極まる不幸な眺めである。

 食生活がおおくの病気の引き金になるということは知っているが、東洋医学の食の考え方やアーユルヴェーダ医学の食の考え方と、現代の西洋医学的立場の食の考え方は大巾に異なり、

 現在われわれにあたえられて指針としている栄養学は、栄養はおおく摂るほど良い、という大原則にのっとっている。

 食べなければ病気になると考える

 高栄養のものを、バランス良く食べたら健康で、白人にも互して遜色のない身体を作り得ると奨励しつづけていまだやまないのが現実である。

 これは、欲望充足を優先するという考え方で、多く食べて、他人よりより大きく、早く大きくな~れという思想である。

 佛教の教える食べ方では、腹六分目などというが、セーブすることよりも、与えることと与えられることを優先する日本のような社会では、物も胃袋もつねに満タンにせずには納得しないのである。粗食の効用など迷信扱いである。

 食べたいだけ食べて、やりたいことをやり、病気にでもなれば、そこは都合よく医者が引き受けて治してくれる。基本的にそんな考え方で暮らしている日本人に、粗食で小食などということを説くような、

食生活についての東洋医学的な考察は無視されて一笑に付される。

 癌による死亡が年々増えていっても、こどもの成人病が増えていっても、原因は顕微鏡のな

かに発見すべきことがらで、環境も含む食生活など問題とはしない。

 医師であれ患者であれ、ほぼ同程度の意識しかもっていない。

 いろんな病気の特効薬を研究するが、おなじような環境に暮らしていても、病気にかからな

い人とかかる人との差はどこにあるのかは考察しようとしない。

 世界の長寿国などといって日本人は良好な健康な生活を送っているように思っているが、これはつかの間の錯覚、幻想である。

 年間の死者数が何倍にもなる多死時代は目前で、医学はその在り方を根底から問い直さざるをえない時が訪れるだろうと、悲しいかな私の見通しは明るくないのである。

2009年10月 2日 (金)

楽健法道場の野菜畑

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東光寺の道場の勝手口を出て左に小さな畑がある。

先月の合宿のときに、中島さんと田中さん、私と3人で耕した。このスペースは旧住人が瓦礫などを放置していたらしく、ごろごろと出てきたが、掘り起こしてやや幅広の畝を作ったので、9月13日の夕方に小松菜、春菊、葉大根の種を混ぜて蒔いたところ、4日目から双葉が出てきて、現在は10センチくらいのやら、密集して伸びてきた。

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数日前の写真だが、今日、大きめの葉大根を一握り間引きした。

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生でサラダとして、手製のドレッシングでいただいたが、葉っぱの辛い刺激はさすが大根という味。

来週は7、8、9日とパンの取材撮影があるが、このときにも、摘み立ての葉っぱをパンに入れて作ってみる予定にしている。

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