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2011年2月25日 (金)

元興寺所蔵の須田剋太展

 ならまちというのは旧くは奈良町なのか寧楽町なのか調べたことはないが、ならまちとひらなが表記になっているまちである。

 この町の中心地に元興寺があって、ときどきならまちを訪れながら、いつも寺には入らないでいたが、今回、須田剋太の個展があるというので、昨日展覧会に行ってきた。須田剋太画伯は、司馬遼太郎の街道を行くの挿絵を描いていたので具象の画家と思われているふしがあるが、連載以前には主として抽象画を描いていて具象画はあまり描いていなかったと思う。

 私は23歳のときから額縁の製造をやっていて、須田剋太のアトリエへ、大きな作品の仮縁をとりつけにときどき行っていたので、須田剋太さんには懇意にしていただいた。

 初対面のときに、私の仕事ぶりを傍で見ながら、「君はただの額縁屋ではないね、なにをしている人かね」などと聞かれて、私が詩を書いていることとか、芝居をやっているということを知られてから、気兼ねなく話せる関係になった。そんなことから、当時編集していた詩の雑誌「人間」に須田剋太特集をやったりして原稿もいただいた。

その時に須田剋太さんが略歴を長い画用紙に横書きで独特の筆致で書いて送ってくださって、この手書きの略歴はいまも大切にしまっている。

 何度目かの訪問のときに、好きな絵があったらあげるよ、などといわれて、ガッシュの作品数点や、色紙に描かれた具象画などもくださった。

 いまもそのときに頂いたガッシュが、パン工房に額縁に入れて無造作にかけてあるが、いつかささめやゆきさんがパン工房に来られて、すばらしい作品ですね、などと感嘆しているのを聞いて、見直したことがある。

 そのときいただいた内のガッシュの一枚はややサイズが小さかったので、壁にピンで留めてあったら碁打ちになった息子が、まだ幼稚園のころで、ハサミでサインのところを切り取ってしまったりしたこともあった。

 今回の元興寺の個展を見たいとおもったのは、須田剋太画伯が元興寺に寄贈した作品の額装をしたことがあって、当時、元興寺の建物のどれかの解体工事かなにかで、余った1000年以上も昔の廃材を使って、額縁にしてほしいという依頼があって、元興寺へ廃材を引き取りになんどか行ったなどという、思い出がからんでいるからであった。

 廃材で作るといっても、あまり大きな材が残っていなくて、薄っぺらい木っ端みたいな木ぎればかりだったが何点か作ったのであった。

 昨日その時に作った数点と、須田縁と呼んでいた額縁数点に再会してきた。

 須田剋太さんの今回のメインとも言うべき衝立にいれた作品は、そのほとばしってくるエネルギーに圧倒される。書かれている文字が、文字を越えて絵になっているばかりか、見つめていると異界へと誘われそうになる力がある。

 最後にお目にかかったのは八戸ノ里の駅前で、電車から改札を出てこられたときであった。司馬遼太郎さんのお宅へ行くところだということで、いつものように、自動車屋さんの着るつなぎの作業服の真新しいのを着ていられた。

 「最近は見かけないがどうしてるんだ」というので、取引していた額縁屋とはあまり汚いやり方をするので、手を切ったのですというと、「そりゃいい、あいつは河内者だから、君のようなひとが付き合える相手じゃないよ。よかったね、しっかりやってください」と去って行かれた。

 この展覧会は2月27日明後日でおわりだが、このブログを読んで間に合うひとは是非一見してこられたらとお勧めする次第です。

Gangouji1

 左の建物が会場になっている。

 

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