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2011年4月 1日 (金)

ひとは過去に学ぶのだろうか

 人間は過去の歴史、経験から学んで、賢明な選択をするのだろうか。過去の大津波ですべてを失いながら、また同じところに家を建てて住むことは、当たり前の感覚なのか。
 のど元過ぎれば熱さ忘れる、のは賢明な人間のすることとは思えないが、津波の後を整地してまた同じところで生を営むのか。津波いらい気になって仕方がないことである。

 仮設住宅を津波の跡地にさっそく建てようとして住民から反発をかっているというのが以下の事例。

●「よりによって、どうしてあの場所」…
津波被災地が仮設住宅予定地に、町民反発・宮城県南三陸
http://www.kahoku.co.jp/news/2011/03/20110326t13034.htm

 過去の津波から、高所に住まいを建てて助かった事例が以下の3件に紹介されているが、探せばもっとあるだろう。

●静岡新聞 【現場から】「高所移転」集落救う 岩手・大船渡(3/20 07:17)
http://www.at-s.com/news/detail/100012080.html

●子孫のために復興は高い場所を選んで!/東日本大震災津波被災地/生かされなかった過去の教訓
http://ameblo.jp/tatenaosou2010/entry-10837256721.html

●此処より下に家建てるな…先人の石碑、集落救う
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110329-OYT1T00888.htm

●「地震予知はウソだらけ」の著者のHP
地震学者が大地震に遭ったとき-----今村明恒の関東大震災当日の日記から
http://shima3.fc2web.com/kiyou-imamura.htm
http://shima3.fc2web.com/201006hotou-imamura.htm

 次回の津波が来るのは、80年か100年先のこと、などと高をくくってひどい目にあったのが今回の津波である。天災が来たときは死ぬものと決めてそこに住む決意をしていたのなら、今回の悲劇にめげてはならない。つぶされてもまたそこへ巣をつくる蟻のようなものが人間なのだろうか。原発の存続もそうだが、復興するについては政府も住民も熟慮がいるだろう。岡倉天心風にいうなら、たとえ賢明になれなくとも、真面目になって長いスパンで考えてほしいものだ。

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