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2011年5月11日 (水)

風評被害とはなにか

 福島県に風評被害があって困っているということだが、福島にあるのは風評被害ではなくて放射能被害である。悪い根拠のない噂が伝わっているのではなくで、バスで一時帰宅している放射能被害者の住民の姿をテレビで放映すれば、世界中の人にその地の危険がいかほどであるか、強く印象づけられるのは当然であって、福島が危ないだけでなく、日本全体が危険なのだという強いメッセージを流しているのである。

 中国の野菜など、食品をスーパーで販売しているが、私が毎月合宿の食材購入にスーパーを訪れるが、中国の産品を買い物にいれることはまずない。

 これは私が中国にたいする風評の影響を受けているからだろうか。農薬の多用や大地や河川の汚染された中国の現実をニュースやインターネットで見るにつけ、中国産品を避けるようになるのは賢明な消費者の選択ではないだろうか。危険かもしれないものを、安いからといって買うかやめるかは、購入する側の選択する権利であって、風評に左右されているなどと非難することはだれにもできないことである。

 中国が先進国のごとく経済成長するにしたがって、安心できる産品がふえているならともかく、公害も商品の質も悪くなっていくようなら、消費者が離れていくのは当然である。

 野菜は中国産は購入しないが、パソコンは中国産かどうかなどとは考えないで購入している。パソコンを購入するときは性能中心に質を判断するからで、国産でなくてはなんてことは考えたりしないのは当然である。いままで何台か購入したパソコンはほとんど中国産であって中国にたいする偏見から中国産を購入しないわけではない。

 質の良くないものを買わないことで、生産者もこれではならじと有機農法に切り替えて安心して食べられるものを作るように努力していくことにならねばならない。
 

 国家のモラルや行政にたいする信頼が得られなければ、世界の人々が信頼してその国の物産を購入しないのは当然である。

 福島は風評が広がるから県の産品が売れないと、風評する側に責任があるかのごとき言い方をするのは間違っている。放射能の広がりが止まって、一時帰宅ではなく、住民が安堵して自宅に帰っていき、子供たちが安心して校庭を走り回っているニュースが世界に流れることがいわゆる風評をなくす唯一の方法だと悟らねばならない。

 だれに責任があり、だれがなにをなすべきかは明白である。

 現状では風評なるものがひとり歩きしているのではなく、福島の原発事故の放射能が危険だという意識が世界の人々にひろがっているのである。

 いわゆる風評を絶つためには、東電と政府の努力と、今後原発はすべて廃棄するというぐらいの強いメッセージを福島県から世界に発信するぐらいの決意と働きかけがいるだろう。

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