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2011年7月 1日 (金)

祖母日野ヨウの五十回忌に帰郷す

 私の母方の祖母、日野ヨウの五十回忌を、従兄弟から連絡をもらって阿波徳島へ久しぶりに帰郷した。  眉山の山裾にある寺が菩提寺で、日野家の墓もこの清水寺(せいすじ)という、寺の裏山にある。

 従兄弟の坂口義富さんは今年89歳になったとか、私には従兄弟はもともと三人しかいないのだが、義富さんの弟も10数年前にみまかり、もう一人いた従姉妹は20数年前に死んで、いまは義富さんだけがちのつながった従兄弟というわけである。

 この人は小松島市役所で助役なども務めていたが、若い頃から文学活動などもやっていて、いまもいろんな文化活動、ペンクラブなどへも出席しているとのこと。

 おだやかな性格がそのまま刻み込まれた風格のそなわった老人になっていて、銀髪もまたその風貌にふさわしく味わいがある。

 祖母の墓はこの人がこの半世紀以上を大切に毎月二回は欠かさず参拝してくださったのである。  清水寺での法要には住職と本堂に並んで読経した。

 その後、義富さんの息子と孫、わが家内と妹の六人で近くのホテルの会席を接待された。

 義富さんはきちんと折り目正しく挨拶されて、今時には見かけない古風な折り目正しい老人ぶりで、ざっくばらんな私にはこうはできまいと反省させられた。

 来光寺という佐古駅の近くにある我が家の墓地にも参拝してから帰路につく。
 食事のあとすぐ運転しはじめたので、淡路に渡ったところで高速を下りて、鳴門大橋記念館というところへ珈琲を飲もうと立ち寄った。この大きな建物は、高速を出てすぐのところに位置していて、サービスエリアよりもサービスがよく、なかには立派な劇場もあり、淡路文楽も一日数回上演しているという。開幕時間にちょうどよかったので、観劇することにし、文楽の途中からiphone4で動画をとってみたのが以下の映像。

 なかなかの力演で、この地方の伝統芸だけあって、プロ芸人の技で見応えがあった。

  傾城阿波の鳴門 巡礼歌の段

 

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