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2011年7月 6日 (水)

雨季という詩を書いたころ

 このブログに祖母の50回忌に帰郷したことを書いたが、祖母がみまかったのは50年前の6月9日で、祖母の死を私が知ったのは、九州の小中学校などを児童劇をしながら巡業していた最中であった。雨季という私の初めての詩集には、25歳の時に児童劇団の旅回りの公演のことを詩に書いたのだが、祖母の死んだことは母からもらった手紙で知った。
 それを書いたのが以下の詩である。

        雨   季 


   その日
   祖母がみまかったという母の便りをもらった。
   金釘流の文面によれば
   祖母の死を知らずに二十日になる。
   雨季もいまが盛りとばかり
   その夜もちいさな宿に降りしきった。
   なにもかも
   わたしの心までも濡れていると感ぜられた。
   となりの室に老人がいた。
   のびきらぬ無骨な指でお金を数えたり
   行李から小箱へと
   薬をつめかえていたりした。
   黄色い灯の下で
   老人は無心にそれをやっている。
   その周囲だけがふしぎにからっとしている。
   こんなふうにわたしは
   祖母のたち働く姿をながめたことがある。
   記憶のなかの祖母のまわりも
   この老人のように
   からっとしたものがとりまいている。
   わたしは
   遠く旅をしてきたことを
   まぎれもなくかなしんでおり
   祖母の死も
   わたしの故のように思われた。
   今宵
   老人をぽつねんとみつめているわたしには
   翌日からも
   なおながい旅がつづくのだった。

 


 そのときに母から送られてきた手紙を残してあったのでここで紹介しておく。

Mamaletter5

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