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2017年10月15日 (日)

楽健短歌 山内宥厳 

   山内宥厳

2018/01/11 投稿

侘しさという味もありこのパンの不可思議ならんや人さまざまで

見せしめとこれ見よがしのもりかけの二つの学園暗渠流れる

ご夫妻のやりたい放題この国にもたらす途は針千本の闇

ねとうよの悪罵を痛罵すやりとりの救いのなさになんまんだぶ

歌や詩の雅なこころ楽しんで荒廃の世に背は向けられず

今世の闇の深さは見せもせぬTVよ放射能まだ降り止むことなきに

岩堀純子さんの短歌ブログに

返歌

移ろいの世になき出逢いみほとけの縁ならずや連れだつふたり

2017/12/02 松前旅館楽健法講習会で

書の歌う宿に集いて楽健法紅葉も見える冷え込んだ朝

ひとりいてひとり来たりてまたひとり数名和やか踏み合いをする

ひとときのこころ和める書の宿で世の立て直し論じる仲間

師に会わず主にも会わぬわが道に立ちはだかりしひとりの女



どうだん VOL.80 No.5 【2016(平成28年)年9 /10 月号】

体力も限界ならんパン作り葉月の暑熱真赤な尿

薄暗き寺の庭にて鳴き盛る茅蜩の声夕焼けに染む

人生は五十年とも言われたり八十路の闇の波濤轟く

生涯といふ概念の外側に今日一日があり一瞬の夢

楽健法世に伝えんと半世紀いつ終えるかといのち見詰めつ

朗々とまだ声が出て聲明の夜明けの本堂妙鉢叩く

敵に塩どころではなく飛び上がり勝てば得意のガッツポーズ哀し

終戦の詔勅の声揺らめきて敗戦の空澄み渡りたり

爆弾で歪曲したる橋ありて米兵乗りしジープがジャンプ

鬼畜なり敵を憎めと刷り込まれ笑顔を見せる米兵黙視す





どうだん VOL.80 No.4 【2016(平成28年)年7 / 8月号】

夫婦とは心は通じなにもかも円満具足のふりして生きる

誇りある家系なんだと伝えゆく古老はいつしか老人ホーム

心配をしたとて手持ちの駒はなく任せるがよし流れるままに

み佛は名前はほっとけみたいだがほっとかないのが佛さまなり

振り返り後悔のなき道歩むただ一回のいのちなりせば

人間の心のなかはお天気とそっくりですね荒れたり晴れたり

常識でわかりきったるよしなしを改めて問う愚かなあなた

父母の身罷りし年超え生きて苦渋の人になにごとか言う

引き比べ幸福度合い計る人我が道を行く苦労知る人

思索して経巡ってのち年老いてなお解けやらぬ人間の謎





どうだん VOL.80 No.3 【2016(平成28年)年5 / 6月号】

木漏れ日の心をくるむ優しさに柏手打ちて旭日を拝む

木漏れ日はそよたる風に横揺れし縦にも揺れて障子を走る

物事が真っ直ぐならぬ世になりぬ斜佛起こして日向を受ける

ありありと地獄が見えて極楽は何処にありや霞深くして

原発は貪瞋痴なり欲張りののうたりんすなる地獄への道

地に頭垂れたる花にレンズ向け空をバックに紅梅も撮る

侘助の日陰に楚々と開きたる見もやらずいて済まぬと詫びる

手入れなき庫裡の庭には愛猫の墓碑も樹蔭で落ち葉に埋もれ

生きるとは意味を問いつつ過ごしたる二十歳の頃の冬寒かりき

八十路なる軀に起きるこもごもの変化抱えつ明日へと生きる



どうだん VOL.80 No.2 【2016(平成28年)年3 / 4月号】

遅々として進まぬ授業に業煮やし不登校して読書に励む

宿題はこなしたこと無く小二から乱読人生歩みて止まず

優等生なんかになって得意げになりたくはなし不良の我は

人間は不良に限ると思いつつ自分のペースで読書三昧

自由とは自在とはなに学校で学べぬことを文学で知る

満々の器の水は淀むなり入れ変えざれば毒と変ずる

これ以上生きる術などあろうかと悩み抜いたる日記をひらく

人は皆心折れたり死ぬ死ぬと言ったりしつつ老いを迎える

父は荒れ母の苦労を見て育つ愚痴など言わぬ母を支えて

荒れる父見つつ育って将来のあるべき老いの自分を思う



どうだん VOL.80 No.1 【2016(平成28年)年1 / 2月号】

立ち退きの荒みし家は如何ならん通りて見れば壊しつつあり

暗闇に底がないぞと思いつつ生き過ごしたり間も無く八十路

借家寺などと意識もなかりしが楽健寺なる家灯ともしけり

あらあらと慌ただしくも転居せり我が家とはいえまた借家なる

生まれたる借家の梁を見上げたり終の棲家にあらずとも知らず

転々と居を移したり廃墟から数え上げたら三十数回目

我が家とは借家なりとて束の間の家族まどいて生き抜く場所か

立ち退いて頂きたしと慇懃に頭を下げる禿頭をじっと凝視めて肯いし我

ユリの木や種から伸びし枇杷の実を眺めつ過ごす借家の我が家

佛の間いと狭けれど三人は坐りて読経す鼎堂なりき



どうだん VOL.79 No.6 【2015(平成27年)年11 / 12月号】

つぎつぎと歌詠む人の不思議さよ奴隷の韻律など言う人もいて

指を折り折り数えては歌を詠む左右の指に言葉からまる

天空に赫々とした星あらん明かりを消して眠らんとする

消されざる記憶の中の異次元で父母と見上げし闇夜の星よ

わが生の波濤のごとく流れ去る星も月夜も闇に呑まれて

ネパールの原野に立ちてしっかりと手に掴みたる涙の星よ

頬ずりをする人もなき今宵には髭も当たらず風呂も使わず

小雨降る屋根打つ音の快きリズムに溶けてうたたねをする

釈尊の辿り来たりしかくあれと伝えきたりし星茫漠として

陽に干した祖母の布団の温もりを冷え始めたる寝床で思う



どうだん VOL.79 No.5 【2015(平成27年)年9 / 10月号】

温めて豆入り飯を一人食うおかずなけれど思いが一菜

芽の出たる馬鈴薯一つ鍋で煮てジャガサラ作る炎熱の午後

独り食うひる美味からず胃がきりり舞う思いする奈良の昼食

手のひらに神水掬い狭き空見上げつ参る山狭井神社

宍道湖の宿蜆汁玉子焼き鮭の一切れ一碗の飯

三日目に通りかかりし街並みに新しき家突然に建つ 

永久に世代を超えて繋ぎたる技も途絶えん量産の家

月桂樹背高く伸びたる川沿いの木立を被う蔦の勢い

脱筆のこころに潜む余韻には甘き和菓子と焙じ茶欲しや

クリシュナの笛持つ手から神々の心操る調べ流るる



どうだん VOL.79 No.4 【2015(平成27年)年7 / 8月号】

どうだんに神の味噌汁歌送る仕上がりみたら神のみぞ知る

ふざけたるテレビにちらっと出演すパン買う客が行列をせり

パンに穴穿ちて覗く外界には有象無象の修羅立ち働くや

食パンの不足埋めんと追い焼きの作業のはずが家内大怪我

レーズンのパンが出来たる早朝にすぐ買いに来る自転車女性

ヨモギ粉をばらりばらりと投げ入れて緑の生地の香る朝なり

如意輪を描いてみんかと車中にて試みたるも如意ならぬ絵よ

国民を問答無用の圧政で右に傾げて何処へ行くや

軍人の顔思い出すおっさんと思っていたが青き若人

わが耳にいまも聞こえる行軍の軍靴の響き軍歌の声も



 参 考 

   胎内に宿りし日から灰となる生命の軌跡神の味噌汁



どうだん VOL.79 No.3 【2015(平成27年)年5 / 6月号】



胎内に宿りし日から灰となる生命の軌跡神のみぞ知る

問いかける心があって何処より出でて消えるか悩む若き日

所得ぬ甲斐なき我と思いつつ肋間痛み撫で摩る夜

自明なる難問ならぬ問いかけを堂々巡りす何時の時代も

冷え込みも旅の味なり震えつつ引っ張るバッグは重き人の世

空なりと自分の在り処観じたる心に坐るあの日あのこと

向こう岸何処の河岸から渡らんか浅瀬探すや舟求むるや

五十年の歳月隔て夢枕母なにごとも語らずに佇つ

夢に見し母の裸身は妖しげに我を誘い抱けとばかりに

自分とは何者なるか思索して歌詠む謎の深みどろなり



どうだん VOL.79 No.2【 2015(平成27年)年 3 / 4月号 】



どのように心動くか測りかね暗闇で泣く童のおのこ

歌詠みが歌詠む時の心映え大胆だったり小心だったり

文遣りて開封済みの文字出れば安堵もすれど懸念も芽生え

知の淵に寄り添うごとくアンニュイの放棄の思考稲光りたり

明晰な思索の淵に立たずとも見えたるものが行方導き

哲学の徒にあらねども歌詠みの思索の底に銀河は流れ

秋更けて歌詠みつつも深淵の見えざるものに言の葉を投げ

石佛の点在したる庫裡の庭恋の季節か猫ども騒ぐ

晩飯の残りをみんなにぎりめし作って眺め大皿に盛る

どこに居てなにをしてるか知らねども昔別れた人も老婆か



どうだん VOL.79 No.1【 2015(平成27年)年 1 / 2月号 】

パン焼きの終えてもの食う意欲なくだるき身体で暫し黙然

見えぬ手が導ききたる思いしてパンつくりつつ今在る不思議

歌詠みが歌詠む時の心映え大胆だったり小心だったり

知の淵に寄り添うごとくアンニュイの放棄の思考稲光りたり

明晰な思索の淵に立たずとも見えたるものが行方導き

哲学の徒にあらねども歌詠みの思索の底に銀河は流れ

秋更けて歌詠みつつも深淵の見えざるものに言の葉を投げ

石佛の点在したる庫裡の庭恋の季節か猫ども騒ぐ

救いとは誰が何方に伸べる手か選挙のニュースさらなる闇か

雨降れば恵みとならん晴れたれば陽に感謝する天地の流れ



どうだん VOL.78 No.6【 2014(平成26年)年11 / 12月号 】



年寄りの時間を盗るなと言いたれど齢の暮れよ何処へ行かん

苦しさよ水満ちるごとこの胸に海の水から生まれし闇よ

もがきつつ背中の右手は空を掻き痒みの海に攫れてゆく

遠くより呼ぶ声がして堕ちて行く夜の眠りのふかき裂け目に

明と暗幸せ不幸アントニムのあわいで揺れる矛盾(ほこたて)のわれ

にぎにぎと猫じゃらし手に散歩する押戸石山雨に降られつ

雁がねの渡る姿も見なくなりわが置かれたる荒びし天地

朝まだき鵯群れて姦しき障子に揺れる樹影やわらか

龍出でて下界荒ます鬼どもを散華のごとく吹き祓えかし

喘ぐごと流れ波打つ笛の音に夜は静かに満たされてゆく



どうだん VOL.78 No.5【 2014(平成26年)年9 / 10月号 】



夏草の生い茂りたり石段を登りつ思う足老いつつありや

おんぱらという祭なり誘われ三輪の鳥居に花火を見上ぐ

おんぱらの綱越神社に夜店立ち嬌声あげる浴衣の乙女ら

空気裂ききゅーんと上がる爆音の火花尾を引き瞬きの花

足裏の痛みがかなり居残りてびっこひきひき夜中のトイレ

悪癖もまだ残りしか自然酒の瓶に手を出しならじとひっこめ

そうめんの昼飯できたとコールされあと一首なりしばしと返事

屋根叩く雨のざわめき耳そばだてぬ霊言のごと疾く逝きしひとの

父母の如何なる思い籠められて生まれし我ぞ目を閉じて問う

羅音鳴る苦しき朝よ目を閉じつ過越し日々の意味を問うなり



どうだん VOL.78 No.4 【 2014(平成26年)年7 / 8月号 】



アクセルのペダル踏み込み出雲路の豪雨突き抜け米子の宿へ

熟睡もまだ不足感居残りぬ飽かず眠れと促す季節

恐ろしき雷鳴の後明るさをとり戻したる空に頷く

痒くって伸びきらぬ手を背に這わす尿意もだしてじれる長き夜

身罷りし友何処なり中陰の黄泉路歩むか薄明かりなる

月明かり童のころに母の背でもらい風呂行く影の母子像

苔むしたお顔の手入れ弘法も久方ぶりに晴れ晴れと見ゆ

鬱症のひと多かりし木の芽時じわっと踏んで鬱払えかし

除草剤浴びて萎れた庭草の広がる会館パン焼き指導す

肌寒き東光寺山木漏れ日の庭掃除せり紫蘭の咲ける



どうだん VOL.78 No.3 【 2014(平成26年)年5 / 6月号 】

花冷えに重ね着せんかと思いつつそれもせずして鼻水を拭く

枯れ枝を活けたる寸胴淋しくて花鋏手に裏山歩く

名を知らぬ真白き小さな花の木を切り取ってきて寸胴に活け

桜花散り敷きつめる石段の花の模様を惜しみつつ掃く

あたらしき仲間を迎え午後からは楽健法の幕を開きぬ

原発が再稼働すという内閣の決議悲しも懲りない面々

飛龍あり見開ける眼の輝きよ焼き尽くすべし愚かな人ら

金色にきらきら光る誕生の佛の前に散華の嵐

寅吉をモデルに造りし誕生佛時が来たりて花飾りする

本堂に座して見上げる大日の静かな影に寄り添いて行く



どうだん VOL. 78 No.2 【 2014(平成26年)3 / 4 月号 】



晩年を故郷の近くで生きたしと大和に住みし親友が逝く

小説の道ゆかんとすワープロもパソコンもなきペンの時代に

わが歌が題名なりし処女作の薄靄かかる人生描きし

旅先の僕を訪ねて食道に癌ができたと俯ける君

手術後も抗がん剤の服用も副作用なく十余年生き

長夜という小説載せし風葬の同人雑誌三号で消ゆ

目に深き闇たたえたりさよならもいわずに逝った長夜の友は

顔見ればおうと応えし若き日の小柄な君の笑顔やはるか

しなくてもよい遠慮して付き合ったそんな思いがしないでもない

僕の詩に如何なる評をするかしら思いうかべつ雨季の詩書けり



どうだん VOL.78【 2014(平成26年)1 / 2 月号 】



年の暮れ祭日なれどパンを焼き車少なき道路を走る

ひるがえし鮮やか緋色や黄の光空舞い降りる落葉の哀れ

深き夜の杜に遊びし野良猫か庫裏の庭にて怪しげな音

猫の声同じからずや聞こえ来る猫の鳴き声マニスにあらず

床下に巣くうものあり材木をことりとさせて何処かへ行く

手のひらにひんやり重き磐笛の貫ける穴吹き神と語らう

石笛を魂魄こめて吹き鳴らす三輪の磐座届けとばかり

磐座の磐の芯まで届けよと石笛吹きて暗きを払う

神道の初道を説ける和綴じ本僕に渡して笑みつくるひと

行く日々の残されし里程いかほどかまだまだ若いと己励ます





どうだん【 2013(平成25年)11 /12月号 】



時たまに通る道辺に深々と闇抱え込む鎮守の杜よ

神の杜なに思うらん枝を切り樹霊も宿れぬ無残な形

オブジェかと思うばかりに切られたる樹形を見れば心が折れる

散る落ち葉掃除に手間がかかるとて鎮守の杜を裸形にしたか

数日後満開だなと見上げたる桜を切りし地主もいたり

もの言わぬ樹木の芯を流れいるいのちの水が樹霊ならんか

切り捨てて積み上げられた杜の木よセモガチュパットスンプと祈り

切ったひと間もなく病んで身罷って樹霊のせいだと思いたき我

葉擦れ哀し東光寺山の落葉樹夕陽を浴びて朱に染まる

近づいた台風の音聞きながら旅支度する風邪気味の我



どうだん【 2013(平成25年)9 /10月号 】



満たされてあったことなし欲望の欲しがりもせぬ我になりても

禁欲の教えを説いた釈尊の教えの道や艱難辛苦

欲張って生きることこそやさしけれ拝観すれど道は歩まず

破滅する淵まで落ちて気づくのか気づかぬままか原発の湯気

ひとはみな欲望のまま生きてあり気づかぬ人に教うるすべなし

欲望を肯う教え身につけて同行二人楽健法する

かくあれと教えを説いた聖人のさもありなんか背きたき我

病んでみてはじめてわかる難しさ制御しがたき自分のこころ

思うよう生きられるならなにほどの苦しみあらん気持ちのままに

蜩のいんいんと鳴く夕暮れに仏伝読みつつ我とは何か





どうだん【 2013(平成25年)7 /8月号 】



ほのあかく染まる西空不思議なり丑満時に工房へ行く

二時半に目覚ましかけて床に入る四時間半は眠らせてあれ

つぎつぎと工場が消えてまだ生きるパン工房に明かりを点す

壁に這う掌ほどの大蜘蛛にどこから来たかとカメラを向ける

パソコンのフェイスブックで人々に蜘蛛や百足や蛙を見せる

唐辛子袋に入れてピン止めす腰痛冷え性忘れて動く

数キロは病んで痩せたる背を眺むわれも苦悩す掻痒の日々

やってくるものに従う日々なれば異変ありとてふためきもせず

まだまだよなどというのは本心か寄る年波も忘れて動く

しっかりと深く地中に根をおろす東光寺山の樹木やさしも





どうだん【 2013(平成25年)5 /6月号 】



赫々と朝日に映える紅の本堂の前木蓮見上げ

連れ合いの病んで痩せたる細腕を支えてトイレへ点滴のまま

こわれそう掌に入れ愛おしむ刻のながれよ痩せ細るひと

手術日は宍道湖近い教室で時計にらみつ仏教法話

ソファーにて一夜を過ごす白壁の闇に呼ばわる起こしての声

一時間ごとに目覚めて点滴のポール支えに横歩きせり

手術後の遅速に歩む妻の手を支えて深夜トイレに起きる

痛がりし妻はいかにと病院のソファーで目覚める薄明の朝

二日目は黙って起きる気配して歩幅も広くトイレへ向かう

見上げたる木蓮のいろ濃艶で楚々たる白を脳裏にも見る





どうだん【 2013(平成25年)3 /4月号 】



ほろほろと淡き緑のきぬさやの苗伸び始めたり枯れ葉の畑に

日当たりの少なき山に沁みるごと朝日をあびてきぬさやが伸び

さくざくと落ち葉踏みしめ冬枯れの東光寺山の畑を歩く

じんわりと水を含んだ今朝の畑汀に沈む足の感触

冷え込んで霜焼け出来た右足の指の先には朱色の痒み

何日か何曜日かも消し飛んで何事かするわれ何者か

左足指に痛みがありました靴下替えたり靴試したり

健康の先生なればいずこにも不具合なしとうまくはいかじ

大和路の没日の下に佇みて光の海に溶けてゆくわれ

あらあらと思う間もなく締めきりが迫って叩くキーボードなり





どうだん【 2013(平成25年)1 /2月号 】



もみじ葉の真っ赤に染まるやわらかき陽差し眺めつ夕餉の支度

集いたる楽健法の受講者に過ぎ来し俗世の歩みを法話す

即興の一人芝居を演じては空爆されし経験語る

足で踏む足裏太もも脹ら脛腕の付け根も手足の先も

踏まれては眠ってしまう楽健法眠っちゃ駄目だね教えられない

踏むことをム楽健法といい踏まれるをディ楽健法というインドネシア愛好家

楽健法をはじめたところあれほどの不仲消えたとケニアの夫妻

手のひらに足の裏にもあかあかと血が通うのかほかほか手足

クロガシの樹霊見守る杜に棲む野良猫蛙長虫浄土

あとひとつ詠めばさばさば着こなして旅に発てるか師走の朝





どうだん【 2012(平成24年)12月号 】



ながいこと続けてきたる麺麭作り後何回かと思いつつ焼く

香りたつ麺麭を軽四に積み込んで配達に出る眠気払いつ

はるばるとアラスカのひと麺麭焼きの日に現れてパンを丸める

美味しいね顔見合わせて焼きたての麺麭をちぎってほうばる笑顔

翌日の香りたつ麺麭しんなりと縦にひきさき口にほうばる

にんじんとリンゴ長いもごはんまでミキサーにかけパン種作る

干しぶどう胡桃を入れて焼くパンのはみ出し焦げたる胡桃のうまさ

胡桃とかブドウがいまにも落ちそうにくっついたパン袋に入れる

一日に百キロの粉パンにして日暮れの前に宅配出荷

楽健法を広めて生きんとこころざしネパールまでも旅をするなり





どうだん【 2012(平成24年)10 /11月号 】



昭和にはかじかんだ手を暖めし火鉢を庭で池とするなり

水草も茂り初夏には水中花ひっそりひらく火鉢の池に

七夕の商店街に夜店来てめだか売るひとめだか買う我

水中を泳ぐメダカを見もやらず蛙も出入りす火鉢の池に

見るたびに大きくなった三匹の蛙消えたり一昨日朝から

餌取りに出かけたのかと思いきや水草乱れて荒れたる気配

蛙消え火鉢の池の傍らに大きな羽を残せしクロサギ

すいすいと泳ぐめだかに手のひらで自作のパンを与え見るなり

つんつんとパン粉をつつく白めだか蛙不在の池の営み

東光寺へ時空を超えて辿り来たひとりの旅僧満月仰ぐ





どうだん【 2012(平成24年)8 /9月号 】



二人目を孕んだ女が幼子を抱いて田町で乗り込んで来た

和紙ならぬ手漉きの紙に歌綴るネパールの紙あたたかし

腰痛の仲間後から現れてサパナのカレー舌鼓打つ

シジミ汁小粒に過ぎて貝殻の音だけするが中味は食えず

雨の寺庭にうろつく猫の声マニスが来たかと腰を浮かせる

辿り来たながき道程振り返るこれこっきりの貧しきわれよ

豊かなる愛もはたさず生き来たりせざりしことを思い返しつ

これからはだれに向かって生きるのか得がたき時間いかほどあって

石段を昇り疲れて止める足シャガが真白く笑顔で迎え

山道の繁り過ぎたる樫の木の枝をはらって青空覗く

香具山のユリノキすらりと森に立ち競い合うよう空へと伸ばす

しぬという名の枯竹を拾いきて笛を作らん天香久山





どうだん【 2012(平成24年)6 /7月号 】

自然酒ののどごし良くてやめていた酒一瓶を空にする

いただいたまずくて食えぬ干し柿を裂いて酢の物試みんかな

焼きすぎて炭となりたる食パンをこさげて食べる旅立ちの朝

冷え込んで月のまんまる満開桜ふるえながらも花を楽しむ

八分咲き川辺の桜あとすこし鵯来たりて蕾をつつく

満開の桜の花は匂うのか引き寄せ嗅いでる女見かける

嗅いでいる女に倣い近づけばかそけき香り立つ桜花

春雨に叩かれ落ちる満開の地面に描く桜モザイク

花の下並んで記念の撮影が雨にたたられ葉桜の下

積雲の層を貫き茜差すまんまる夕日が姿を呉れる





どうだん【 2012(平成24年)4 /5月号 】

かんかんに炭火を起こし鉄瓶を火鉢に置きて白湯をたしなむ

昔なら火鉢の火だけで過ごしたり綿入れ着たり震えたりして

鉄瓶の白湯も旨みはそこそこで育ちし家の水ぞ懐かし

キシリッシュなどいうガムを噛みながら眠気まぎらせパンの配達

ポケットに五鈷杵を入れて握りしむ手も温もりてこころ広がる

好きなのはコスタリカとかマンデリン豆を挽きつつ明日に向かう

釘煮という佃煮を呉れた友ありきやや震えたる添え文を読む

健康にパンと楽健法伝えたり四〇数年いまも広がる

震災の地のこどもらがはしやぎて仮設の家を揺らして走る

楽健法するひともなき荒蕪地に行きて踏みたや疲れたひとら





どうだん【 2012(平成24年)2 /3月号 】

まほろばといわれる土地に縁ありて根を下ろしたり二昔過ぐ

七十路の半ば過ぎたり残る日々見果てぬ夢の森のくらやみ

黒猫と黒樫繁る丘に住み刻流れたり良い月明かり

荒ぶ世に遇い生まれ来て見晴るかす焼け野原あり津波の芥

いつだって死ぬのは他人と思うのが戦をしかけ死地に追いやる

あれもいやこれもいやとはいえぬのがあれこれ抱えのたうちまわる

しあわせはひとの心に潜むもの満ちると読むか欠けると読むか

いそのかみ神社に詣で玉の緒の可憐な勾玉開き見るかな

小綬鶏や尾長の地鶏枝にいて我を見下ろす石上神社

日だまりに座す人のあり見上げたる空に雲あり猫そっくりの





どうだん【 2012(平成24年)1月号 】

本堂に再生ピアノ届いたり摩訶不思議なる指鍵盤走る

護摩の火に般若心経合唱すピアノも弾かれ経に合して

真新し本堂の床樫の木の揺るがぬ根太にピアノの漆黒

真美さんの鍵盤走る白き指自由自在に曲を奏でて

半世紀放置されたるピアノなり古きお堂に再び歌う

冷え込んでさぞ寒かろう本堂に火鉢を三つ炭火を盛りて

かつかつと火の起こりたる火鉢なり三つの炭火暖優しくて

舞い落ちる紅葉の枯れ葉庭を埋め視野開けたり月あかり来る

わが弾けぬ象牙のキーに触れたれば居るよと応じるピアノの音色

護摩壇の添え木をくべる灼熱の火に焼き尽くす煩悩の束





どうだん【 2011(平成23年)12月号 】

黄ばみしきささげの葉に午後の日がこころを添えて優しく光る

樫の木に鳴き盛りたる熊蝉の抜け殻残る猛暑はいずこ

風もなく蒼天映えて青々と茂る蓮華の葉の大きさよ

蓮池の葉のみごとさを写さんとファインダー覗く蒼天の寺

枯れそめし蓮華の花托写さんと腕をのばしてシャッターをきる

花なくもみどりに映える蓮の葉に吸い寄せられてカメラ構える

蓮の葉と並んだモデル写さんと後ずさりたり池に転落

泥濘に埋もり蓮の花ならぬ墨染めの衣蓮池に咲く

古の仏居並ぶ天平の甍見上げつスマートフォン並ぶ

酔芙蓉澄み渡りたる空映し恥じらうごとく微笑み染まる





どうだん【 2011(平成23年)10 /11月号 】

起きるかな半睡しつつ自問する今日と明日の時間の狭間

びしっという音に続いて揺れがきて大地の息吹に夢破られる

儚いと消えるいのちに幾たびか思い馳せつつ老けゆく我は

甲虫光る甲殻みなぎらせ畳這うなり意外の速度

日は過ぎぬ心にかかることどもも彼方におしやり自分を生きる

自分とは狭き門より入りきたり作りあげたかあるべき日々を

青春と言葉は若葉のいろなれど苦しみ多き若き日のわれ

蚊遣りつけ消したい時間の位置あたりコインを置きてタイマーとす

パソコンや携帯にぎり対話する文字と言葉とjpg写真

ほめられも苦にもされずに生きたいと願った人からもらえる元気





どうだん【 2011(平成23年)9月号 】

雨季のよう晴れ止まぬこと多かりき自省をしつつ前に行くのみ

五十回忌隔てておのれのありようを振り返りみる炎天墓前

晴れ止まぬ気分が多き過去なれど記憶の祖母はからっと笑う

炎天下ペットボトルを輪切りして樒供えし小さな墓前

駆け抜けた淡路の道はその昔祖母の育ちし故郷なれども

転居する娘一家の暗転に祖母黙々と大八車(くるま)曳くなり

清水寺の初めて座る本堂に院主と居並び理趣経読む

本堂にともるちいさな照明の赤き光に空爆を見る

がらんどうの心のなかに開く花しぼんで枯れた花もあるらん

日めくりの先に待ちうく何事か原発事故の見えない煙





どうだん【 2011(平成23年)7 /8月号 】

夜遅く鳴る電話機の向こうから初めてですがと故郷なまり

今日までの長き来歴縷々という同郷のよしみか初めてのひと

人ごとにあらずと思う運命の流れのままに今日も明日も

我が生家眉山の麓佐古の町小学校の真ん前なりき

摂津航路そんな呼称の汽船にて小松島港から出でし故郷

船底に七人家族身を寄せて見えない明日に向かって座る

空襲の瓦礫広がる大阪の焼け跡のさま津波に似たり

枇杷の葉を鋏で刻み瓶にいれホワイトリカーを注いで閉じる

二リットルの瓶に醸した枇杷の液浴後に爽快全身に塗る

やや曲がる妻の背中にたなごころ触れて疲れの深さを測る



どうだん【 2011(平成23年)6月号 】

ひれ伏して言葉詰まらす灰色の社長の背中に真っ赤な怒号

原発の積もり広がる見えぬもの山脈越えて海越えて

地の塩は拭いもならず一望の荒廃の田に佇ちつくすひと

新緑も季節の花も咲く里を家畜見捨てて後にするひと

天地の時の流れに勝てずともひとつひとつと石運ぶひと

食わせてと悲鳴をあげるホルスタイン応える人なき二十キロ圏

奪われし戸外で遊ぶ自由をも見た目におなじ大地なれども

流れ去る船や車や家々を見下ろしながら画面切る鳥

幸福は流れ去っても二ヶ月目笑顔で生きる人びとの声

侘助の一輪ひらく庭の寺真白き牡丹三輪咲きぬ





どうだん【 2011(平成23年)5月号 】

そのときは走行中なり四駆にて大宇陀の里地震も気づかじ

巨船まで木の葉のごとく渦巻きぬ人諸共に藻屑の街衢

奈良にいて見ていていいかこの場所で津波は被るわが心にも

地中には蠢くものの意志ありて動くと知りつつその地に生きる

隆起する地球の表皮大海の水持ち上げて大地を襲う

ひとはなぜそこに生きるかと思いつつそこよりほかに生きられもせで

攫われし一望の地に佇んでいまは動かぬ海を見る母子

御しがたき原爆の火を壺に入れ箱にも入れり牙もつ海辺

火遊びの果てに破滅の淵に入る原発事故の環境破壊

晴朗の日が来そうにもなき原発の残骸建屋に蒼き月照る





どうだん【 2011(平成23年)4月号 】

トイレだよここはぽこんと水音たたて排管詰まらす樹木の根っこ

古家の風呂桶塗装剥がれ落ちお陀仏近し我は矍鑠

友人の昔書きたる戯曲あり怨念もあり哀しき恋も

蘇りて歌わんという若き日の苦闘の闇が舞台にかかる

落ちてゆくアメリカ娘の民謡に万葉の世の哀れ重なる

そのときは紅バラいっぱい入れてねと妻語るなり飯くらいつつ

参道にはみ出し茂る皐月刈るわが手に余る茎の堅さよ

刈り跡の風の通りが良くなりし斜面に立ちてまわり睥睨

火山燃え牛豚鶏らも消されたり言葉失う人のなす業

少年時旅情沸き立つ地名あり都城とはいかなる里か





どうだん【 2011(平成23年)2 /3月号 】

年の暮れ積もる落ち葉を掻き寄せる寒気はじまり数日寝込む

夢のなかにありあり見える父親があちらへ行けと我を追いやる

殿中といえばいやがり裃よといわれば羽織った母の綿入れ

熱もなくひたすら眠い風邪のわれあごに枕で史書をひもとく

七草の粥めしあがればと東からメールがきたが粥思うのみ

切り捨てて拭いもやらず鞘にする時代劇見つつ正月終わる

真夜中のジェット機音かと目覚めたり冷え込む部屋にエアコン唸りて

欲しがってなお欲しがって生きてきた世代がリタイア山歩きする

美術館混んでいましたと話す友悠々時間の持ち主増えて

平日は空いてるはずと思うのはむかしの話芋の子洗う





どうだん【 2011(平成23年)1月号 】

落語家の若い兄ちゃんやってきてテレビに流れるわが照れる顔

威勢よき昭和の女大阪弁オクターブ高く八光に言う

満開の花かと見惚れし川添の柿よ苅られて幹のみが立つ

剪定というにはむごい切られ方手足無くした街路樹を見る

逆光の橡の黄葉見上げつつ石段なかば二度息をつく

百ほどの石段登る逆光の黄葉まぶし本堂の空

うずたかき枯れ葉踏みしめ裏山の鳥鳴く丘で耳成遠望

はるかなる昭和の頃の喧噪の面影もなき梅田を歩く

大山の水で育てた穫れ穫れの米を送られ玄米を炊く

足指の冷える夜なり添い寝せし祖母の寝床の熱き思い出





どうだん【 2010(平成22年)12月号 】

二十歳ごろ邂逅したる画家がいた中西康郎黙って去りぬ

賀状来ず去る年七月に果てしことやっと知ったり友を悲しむ

二年経ち友とはなにかただ生きてあればいいかと自問する我

見つけたる旅日記あり黄ばみし表紙の文字によみがえる友

描くはずの白きカンバス並ぶ棚パレット置かれ洗われた筆

自動車に満載をせり油絵を遺作展する画廊へ向かう

堆くスケッチブック残したり遺作展の会場に置く

6Fの画紙に現るスペインの空に描かれた風車が回る

カンバスの前に佇み凝視めいる縁のひとの懐かしむ目

何故か道路標識など丹念に描きこんであり絵描きの不思議





どうだん【 2010(平成22年)10 /11月号 】

からからの窓ガラスに蛙へばりつきいずこへ帰る日暮れの蛙

火鉢あり水草いれて蛙棲む白い花びら可憐に咲きぬ

セメントで作られし臼あり庭に置く睡蓮が咲き蛙も潜む

幾たびも試みてみた菩提樹を冬越えがたき地に育てんと

霜降れば南国性の菩提樹は芯まで冷えて春に芽吹かず

清らかに生きる道とはいずこぞや地には育たぬ鉢の菩提樹

からからの地面の下に眠る猫白骨と化すや水を撒く庭

猫扉開く音して足音の床板を踏むマニスの気配

一晩中足の間にマニスがいたよ朝一番の家内の会話

道場の壁にひっつく二つのたまご場違いではと守宮に訊ね





どうだん【 2010(平成22年)9月号 】

どこかしら冷たくものいう病む人のこころのなかを駆けめぐるもの

長き夜の明けるを待ってお日さまの沈むをのぞむようなものいい

雨多く日差しの足りぬ今年なり小さな庭に陸稲が揺れて

膝を曲げ半足歩幅の老いた女大地に吸いつく確かな歩み

三株ずつ苦瓜胡瓜を植えましたなかなか伸びねー日毎に覗く

ながながと執拗になく野の鳥の声聞きながらキーボード打つ

繰り返す設定にしてステレオのピアノの音色ピンタタ流る

そっくりの黑猫不意に出喰わして素早く逃げりと胸つかれる

苦と楽とのたうちまわり生ききたる終の住処はいま居るところ

護られてなんとか今日まで来れました仏前に坐す不可思議の日々





どうだん【 2010(平成22年)7 / 8月号 】 推薦作品に掲載

   二十年間一枠ごとに切り張りせし庫裡の障子に朝焼け謳う

木漏れ日に染まる障子の樫の影風の気配やいのちの揺らぎ

八月に印度へ渡るパスポート硬い顔してカメラに向かう

おのが顔写真にとりて惚れ惚れと眺めるひとはよもいるよしもなし

月ふたつ浮かぶ小説読み終えて竹取の翁のごとくそっぽ向くなり

吟遊の詩人にあらず両の手で空しき夢をキーにて叩く

午前三時光る目玉をライトに返し田圃に消える狸一匹

読経する遠国からの女性あり涙の声で過去を歩みつ

肥料なし水気もなしか裏山の野菜素気なく花をつけたり

さりげなく脱ぎ捨て落ちるゆずりはの陽にきらめけりある晴れた日に



どうだん【 2010(平成22年)6月号 】

日によって読経しているわが声も艶があったりなかったりする

食べるとは業深きことなるかあのひとさらにさらに太りて

空腹の刻せまりくれば手をとめてイメージしてみる今宵のご馳走

つぼみもつ日陰の菊菜を折り来たり葉っぱむしりておひたしとする

霜のころ山の畠に種まいた日差しのなかでサヤエンドウを摂る

棘だちし大根の葉を間引きして如何に食うかとしばし眺める

落葉は秋より多き常緑樹くすのきくろがし寺を埋める

階を覆う落ち葉を踏みしめて明日は掃かねばと庫裡へと帰る

パン焼のため早寝をしたる真夜中にフクロウ来鳴きて声に起きだす

半月が見下ろす空のほの明かりガレージの鍵穴キーを差し込む





どうだん【 2010(平成22年)5月号 】

猫二匹たわむれ遊ぶ宿にきてマニスにまさる猫あらめやも

いまさらに悲しむ齢にあらねども庭に埋めし気配はつよし

マニス果て畳替えなど試みて残り毛も見あたらぬ家になりつつ

満開に咲いた桜も年経りて朽ち果てつつも蘖育つ

孫生えの桜が開く季節来て寄り添うごとき朽ち木の黒し

八月にインドへ行こうと思い立ち期限の切れたパスポート見る

だれからもどこからもまた伝わり来ぬこころ閉ざせる友の近況

味噌一と黒砂糖一の割合で鍋に炊き込み味噌ジャムつくる

味噌ジャムのやや柔らかなるに工夫して擂り胡麻加えなめてみるなり

自家製のパン作りには朝の二時起き出して走る四十三キロ





どうだん【 2010(平成22年)4月号 】

狭い庫裡開け放った空間を駆け抜け駆け抜けみせる黒猫

黒い毛の長い尻尾の先までをこすりつけてはもの伝えたり

留守の間に孤独死させてはどうしよう思い思いてパンを焼くなり

痩せ落ちてまだ艶消えぬ毛をなでてやるマニスの喉はごろごろと鳴る

小水を床に漏らして蹲るかろうじて歩む黒きかたまり

昨晩は朝までソの字に並んで寝たり背骨の突起撫でて哀しむ

二昔落葉の頃にやってきた黒きいのちが初春に散る

二分前顔持ち上げたぼくの目を見つめた瞳が光失う

見上げては花がつおくれという甘えた声も耳朶のなかのみ

麩のごとく軽く固まる黒猫の亡骸抱いて庭を見せたり





どうだん【 2010(平成22年)1月号 】

握り込んだ幼児の手にもそっくりの楓の葉っぱ庭を埋める

山はいま木楢や橡の葉散り敷いて七十路のわれ覆われてあり

団栗のつやっと光るを取り上げて食えぬものかと眺めたりする

大日如来の見下ろす位置にわれもいて見上げる位置に猫もいるなり

一昨年トタンの屋根に葺き替えてカーンと落ちる団栗激し

二上山の手前にお椀をふせたよう耳成山にピントを合わす

夕景にかすみはじめた耳成山沈む夕日に墨ます二上山

本堂の釘の頭が飛び出ては危なかろうと金槌で打つ

老境に入りたる故か気持ちだけ体は応ずる気配もみせず

阿弥陀からも閻魔大王からも電話きたかのごとく受話器置く日々





どうだん【 2009(平成21年)12月号 】

彩という孫娘あり怪魚飼う魚名は蛇太郎蛇次郎蛇三郎

水槽に身をくねらせて怪ひかるまだ見ぬ魚の媚態あやしく

墓参り見上げる宙に鉄路あり徳島本線列車通過す

眉山の流れ昔と変わらねど見覚えのひともなき生地墓参りする

風になって流れていますという歌を思い出しつつ墓参りする

霊力の強かった祖母必ずやものいうならんと心澄ませる

数珠をくる信仰の手にしわしわと経読みながら寄せ来たるもの

坊主なり剃りつつ剃らねばどうなるか銀髪なのかごま塩か

横笛を手のひらに乗せ飛翔するわが魂の冷めたる熱気

なよたけのかぐやのごとく飛翔したき思い抱えてパン作りする

洗濯すひとつひとつを取り出して家内のショーツこわごわと干す





どうだん【 2009(平成21年)10 /11月号 】

白糸で蝙蝠傘に名前書く木綿の針の似合はぬわが手

南無大明神唱ふるうちに舌もつるつまづくごとに数珠くりなほす

早足で行者は歩くものならん手合はすひと目尻に捉へて

行者とは物言はぬもの歓談は裸になつて風呂でのみする

日毎する施餓鬼の味を覚えしか山鳩はくる読経の声に

供養とは佛さまとのままごとかとりかへとりかへお経をあげる

かっこうの声まろやかに聴えくる間のとり方のあのゆうゆうと

かっこうの鳴き声始めて耳にする山林静か留まりてあれ

碧落の吸ひこむ如き森の空烏さかんに何事かいふ

鶯の声聴かぬ日無くしみじみとここにくらせり共生の浄土





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