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カテゴリー「文化・芸術」の11件の記事

2014年11月25日 (火)

安益耕平画伯の版画の頒布会

 友人の安益耕平さんの作品

 安益耕平さんは1975年に大阪の今橋画廊で初個展を開催して以来、40数回の個展を開催、2003年からニューヨークでも個展を開いてきました。
 1979年 新制作協会展 入選
 1983年 千葉県立美術館 浅井忠 記念賞展 入選
 1988年 東京セントラル美術館 油絵大賞展 入選
 1989年 エメラルドシティ・クラシック展
     Special Tristelion Achievement Award 大賞受賞
     (アメリカ カンザス州 エメラルドシティ)
 1989年 第1回 ジャパン大賞 入選
     (日本洋画商協同組合アート・ホール/東京)

 などの受賞歴があります。

 以下に紹介する作品はアメリカでも人気の作品で、残部は少しだそうです。
  

Th_dscn0954

シルクスクリーン 題名「Beet field」 65版 65色 サイン ロット番号入り
作品サイズ 529×455ミリ 
市場価格 180000円

Th_dscn0955

ポトグラビオ 題名「DAIRY FARM」サイン ロット番号入り
作品サイズ 639×555ミリ
市場価格 80000円

Th_dscn0953

リトグラフ 題名「クラリネット」サイン ロット番号入り
作品サイズ 235×330ミリ 
市場価格 70000円

Th_dscn0952

リトグラフ 題名「前夜」サイン ロット番号入り
作品サイズ 250×203ミリ 
市場価格 70000円

アトリエの整備などで、作品の頒布をされています。
市場価格の半額程度で頒布されるとのことです。
ご希望の方はメールをお送りください。

2013年6月 2日 (日)

東光寺 インド舞踊と演劇の夕べ

       

   東光寺 インド舞踊と演劇の夕べ


日  時 2013年7月13日PM 6:30 開演
会  場 東光寺本堂 〒633-0053 奈良県桜井市谷381-1
              近鉄大阪線 JR 桜井駅から徒歩10分         
                 駐車場がありますが申し込み時に確認してください。 
      
予約申し込み電話 090-4301-0228
      ファックス 0744-46-2410
 

 参加費 2000円 予約してください。
メール予約 ytokoji@begin.or.jp


インド舞踊 出演 マドゥ・プリヤ
 
一人芝居  「がらんどうは歌う」 山内宥厳作

出 演    山内宥厳
音 楽    ピアノ 西澤真由美 
照 明    近藤琴美 
 

Anjali1

    ご挨拶

今年もご住職の山内先生、幸子先生のご厚意で、東光寺で舞の奉納をさせていただけることになりました。どうもありがとうございます。
とてもうれしいです。

今回は、バラタナティアムの名作、rupam jochi(ルーパムジョーチ)をご紹介します。
「私はあなたの美しい姿を見るために、愛と信仰を携えて、ここまでやってきました。。。」
という歌詞で始まるこの曲は、シヴァ神を熱烈に信奉し、愛する乙女が彼の寺院に参り、シヴァ神の美しさ、勇敢さ、偉大さを讃え、愛する神と離れ離れになる苦しみを語り、どうぞ自分を受け入れてほしいと切々と訴えかけるという内容です。
シヴァ神に捧げるにふさわしい激しくダイナミックなステップと、哀愁に満ちた美しい歌詞と旋律が見どころです。
私はこの曲を2000年の免許皆伝の舞台(アランゲトラム)で踊りました。

それ以来、ずっと踊り続けてこられた感謝を込めて、東光寺に奉納させていただきたいと思います。どうぞよろしくおねがいします。        合掌 マドゥ・プリヤ



 宥厳和尚敬白

毎年、マドゥ・プリヤさんに東光寺の本堂で奉納舞踊していただいて10年になります。
インド舞踊とセットで、わたしのひとり芝居も年一回ですが、公演を重ねてきました。
この芝居は8月23~25日に沖縄でも公演することになっていますので、その舞台ならしにもなろうかと、緊張してリハーサルに取り組んでいます。
終演後、道場で手作りの精進料理も接待させていただきます。
お申し込み、お待ちいたしております。

アクセスマップ http://www2.begin.or.jp/ytokoji/ HPに地図を掲載しています。





2013年2月21日 (木)

詩集 水の感触 岩堀 純子

            詩集 水の感触 岩堀純子 

 編集工房ノア 2013年2月1日発行 定価:本体2000円+税

 

Iwahorihyoushi

販売書店 MARUZEN&JUNKUDO          ライブドア    amazonはまだ

アマゾンで間もなく購入できるようになるでしょうが、まだアップできていないようです。


 友人の岩堀 純子さんの処女詩集「水の感触」が編集工房ノアから出版さました。

 この詩集は昨年の夏頃から秋にかけて、故郷の津和野に引きこもって書き下ろした、とあとがきに書かれていますが、揺れ動く感性の陰翳のなかで、執拗にたどっていった思索のあとが読み取れて痛々しくもあり、くぐり抜けて生きようとする詩人の強靱さも同時に共感をもって読みとれます。詩を書き始めたばかりとは思えない、琢磨されたことば遣いにも、日頃の思索のありようが感じられます。

 ここに二篇をとりあげて紹介してみますが、何かを求めずにはいられない人間の、得られない故の孤独とでもいえるのでしょうか、「二十歳」から「老婆の背中」に至る孤独感は、時を経てきて揺れ定まったのか、あるいは孤はより深まっているのだろ

 後半に三篇の両親と姉の死を看取った経験が書かれていますが、この冷徹な目、感情を抑えた描写には胸打たれるものがあり、肉親の死と引き替えに一人の詩人が誕生したのだと思われました。



二十歳

二十歳のとき
わたしは眠りつづけていた
水の底のように閉じられた
部屋のなかで
夜と昼のとぎれない境い目を
ただ 眠りつづけた
世界は動いていたが
読み捨てられた新聞の記事のように
ぼんやりたわんで視界から遠ざかり
地平の向こうに堕ちていた
わたしはこの世界にひとりだけだった
世界の秩序や慣性は
そ知らぬ顔で通り過ぎていた
ひっそり取り残された部屋の隅で
わたしは孤独に追い求めた
自分の姿を
自分を保つものを
わたしは寂しく自問する
わたしがまだ人であるかどうか
わたしの躰にまだぬくもりがあるかどうか
心臓はうすい胸のなかで
他人のもののように動いていた
皮膚のうらに透けて見える青い血は
架空の熱情の記憶を沈めたまま
すでに壊死しかかっていた
わたしは眠りの膜のむこうで
死んだ者の眼で
自分の生の影が床のうえに
よわよわしく伸びているのを見ていた
人生でいちばん美しい
二十歳のとき
砂のように降りつもる
孤独な敗北感と無力感に
埋もれて
わたしは眠っていた



老婆の背中 ビンの蓋が開かないからといって わたしは人を呼ばない 荷物が重いからといって わたしは人を呼ばない 足を捻挫して立てないからといって わたしは人を呼ばない ひとりの老婆を思うからだ 老婆は冷えた暗い台所で 食器を洗い 野菜を茹でる かたい粘土の畑に 花や野菜を植え ただ 黙し ひとりで暮らしている 呼んでも 来る人はない わたしは助けを求め 声をあげたくなると 孤高の老婆の丸い背中を思う 夜更けに群れ騒ぐ闇に怯えるときも ひとりの老婆がそこにいる 胸に斧を握りしめて
 

青春を輝かしいものとして語るひとは多いが、青春というものは悲惨の一語に尽きるという人生もまたある。ものを思う側の人間に生まれた人の宿命であるかも知れないが、詩を書くというカルマを背負ったこの詩人は、朗々たる青空のもとに必ずしも生きてこなかったことはたしかだ。懊悩や逡巡があって、求めるものが見えてきたのか。この詩人はその後もブログに精力的に詩を発表されている。一読の価値ある詩集をお勧めする。

ブログ・熱帯の朝と歌と

 あとがきをアップしておく。

Photo


詩集の評 瀬崎祐の本棚 詩人瀬崎祐さんのブログに取り上げられています。


2012年7月18日 (水)

「身・口・意」と言霊と  「どうだん」のエッセイ

 庫裡の出入り口の前の垣根が梅雨の雨で倒壊したので、杭を5本買ってきて、猛暑のなかで半時間ばかり杭打ちをしたら、汗でずぶ濡れになったので、ツイートに、

「東光寺山から下山するといきなりきつい日差しで、坊主頭にはダイレクトにきりもみの熱気でした。折れた杭を五本、打ち直して垣根を修復、たちまち大汗でシャワーにナップでいま目覚めたところです。         」

などと書いたが、目覚めて、手元の短歌誌「どうだん」を拾い読みしていたら、面識はないが、上畑ナオミさんという同人のエッセイに惹かれたので、ぶしつけながら電話をして、このブログに掲載してもいいという、了解をいただいた。

    (どうだん 76巻2・3月号)掲載の上畑ナオミさんのエッセイ

   「身・口・意」と言霊と
                      上畑ナオミ  

一、言葉遊びと記憶  

みじかびのきゃぷりきとればすぎちょびれすぎかきすらのはっぱふみふみ

 憶えておられるだろうか、今は昔㏄年代のパイロット万年筆のCMで大橋巨泉がC調言葉でのたもうた言葉である。奇しくも57577の31音であり、C調だが押韻もあって単なる言葉遊びと切り捨てられない面白さがある。人恋しい秋に、恋文でも書いてるんだろうか。ついつい時を忘れて多くを書き連ねてしまってる自分に照れ笑いしてるような風情が伺える。
 さてC調で思い出したのはサザンオールスターズ。桑田佳祐の歌詞もすごいことになってた。たとえぱ「愛の言霊」はこんな風だ。

 生まれく叙情詩(セリフ)とは蒼き星の挿話 夏の旋律(しらべ)とは愛の言霊(ことだま) 宴はヤーレンソーラン 呑めど What Cha Cha 閻魔堂は 闇や 宵や宵や 新盆には丸い丸い月も酔っちゃって 由比ケ浜 鍵や たまや

 こうして曲は更に続くのだが、サ行で変化していく言葉から連想が広がっていく。セリフ、ソウワ、シラべ、コトダマ、ウタゲ、ヤーレンソーラン、ワチャチャ、エンマドウ、ヤミヤ、ヨイヤ、更に連想は飛んで、カギヤ、タマヤ、と夏の花火の風景に移り変わって行く。桑田佳祐の曲づくりは、曲を優先して歌詞をあとで当てはめてつくるという方法が大半で、語呂の良さが重なってハチャメチャに一つの意味をかたちづくっていくのは面白い。後半はこんな風になっている。

 遥か以前から光輝く星を見つめる時、涙ぐんでしまう 人間の存在、肉体、それらや、宇宙からの言霊を記憶するのだ 生まれく叙情詩(セリフ)とは蒼き星の挿話 夏の旋律(しらべ)とは愛の言霊ごとだま)禮(らい)!

 これで終わりではないがまだまだ続くので割愛したい。言葉に連れられて星の世界と夏の世界が呼応する。そこで実際に体験した記憶が呼び戻されたり、根源への思索へと意識は変遷していく。宇宙を祖とする原生類から人類への進化、その長い旅の間にDNAに記億されてきたものどもがこの肉体に記憶されている。韻を踏みリズムに乗ることでそれらの記憶が呼び覚まされるかのようだ。桑田の歌を聴いていると韻やリズムにはそんな機能があるように思える。

二、身体と言葉と意識
最近、空海の「声字実相義」を読む機会があり、いままで馴染みのなかった密教用語に「三密」という言葉があるのを知った。如来も衆生も平等にもっている身(身体)口(言葉)意(意識)の三種の行為形態のことをいうらしい。この「身・ロ・意」は「しんくい」と読み密教に詳しい人は常に意識しているという。身体と意識、意識と言葉、言葉と身体は、同じ力で引きあっている三位一休で、三つ巴となって高速に回転し、言葉が韻を踏んで別の言葉を召還し、リズムに乗ってくると身体と意識が活性する感覚がもたらされる。韻を意識して言葉を並べていくと、連想によって先に飛ぶ方向と、後方へ語源を遡る方向に言葉が動きだすことがわかる。たとえば「キヌサヤ」という言葉ひとつとっても両方向に言葉を検索したいという意識が動く。「キヌサヤ」は絹の鞘と書く。接頭語「さ」(=若々しい)がつくのは、絹のように繊細な「矢」のような形態から連想されたのでは、などとも思える。「さや」は「さやさや」という擬音語にもつながる、そして「さやか」(=澄んだ)にも近い。
 このようにひとつの言葉の語感を発展させたり、類義語や同義語、語源などに連想の糸を広げて行くと、組合せによって無限大に文脈は広がる可能桂を持っている。このような双方向の指向をもって意識が多面的に動き、身体的な記憶を蘇らせていくと、遊びながら言葉の差異に鋭敏になっていく。この時「身・ロ・意」は密接な関係を持っていると自覚できるのではないか。

三、新しい自我への希求
人は、生まれてこのかた刷り込まれて来た言葉とその背景を動かして言葉を操っている。しかしその背景が信じられなくなる瞬間に私たちは遭遇することもある。
 昨年の東北大震災もその契機になった。
 更に上の世代には戦中体験と終戦による打撃も大きかっただろう。

①みずかぎろひしづかに立てば依らむもの
       この世にひとつなしと知るべし    葛原 妙子

戦後すぐに歌われた歌だと聞く。空海の影響下にいる今の私が密教的に読んでみると、こんな解釈になった。

 水がゆらゆらと陽炎のような幻を見せたあと静かに一人立錘してみると、過去の業(先祖からの血や財産などでもいい)によって授けられた心身や、その心身の拠りどころとなる世間さえも自身が立つ拠りどころにはならない。このことを身をもって自覚すべきである。

 以上のように読める。決意の歌である。自分自身を育んできたものさえも疑いながら生きたい。そのための道具として歌の言葉を選んだのが葛原であった。
 彼女は、後年こんな風に詠んでいる。

②他界より眺めてあらばしづかなる
       的となるべきゆふぐれの水  

ここでもまた「しづか」という言葉が出てくるのは偶然だろうか。タ暮れにいる存在としての自分をもう一つの目で眺めていると自分の目前にある水溜りは「しづかな的」となるだろう、といっている。
 私には本当の意味はつかみかねるが、しーんと宇宙の点のような自分を身体的に意識した時、目の前にある水と自分の存在が同化し、それを葛原は「しづかな的」と名付けずにはいられなかったのではないか。「しづか」に立っている身体の自覚と「的」と名付けるものは相呼応しているようだ。身体と意識と言葉はこうして分け難く連動しつつ言葉として発せられる時、他の言葉を呼び出していく。

 葛原は、①の歌で終戦によって自我をいったん捨て、ゼロ地点から歌を詠むことで新しい自我を形成していくことを決意した。
 ②の歌ではもう一つの視占から自分を見ること(=メタ認知)で新しい自我を発見し、それを「しづかな的」と名付けたのではないか。今回の論考は断片的感想に終始していることが後ろめたいが、作歌手法を広げたい思いからこんな風になった。万葉集や新古今「の歌もおもしろい。写実に徹して象徴的に内面を表す手法がある。前衛短歌も、今の若い人たちの歌にも興味がある。そして言葉とは連綿と続いて来た歴史の手垢にまみれている場合も多い一方で、言霊がそこには潜み、新しく掘り返していく手だては尽くしてみる必要がある。身・ロ・意の三つ巴の回転によって、言霊は動くような気がする。空海を読んでいて、言霊を感じるために身・ロ・意を磨いてみる必要がある。

2011年3月 9日 (水)

ある芥川賞の書き出し

 今年は芥川賞が二人に与えられて話題になった。私はだれかが賞をとったからといってその作品を読むなんてことは習慣にないことで、興味もあまりないが、今月、文春をなにげなく買ったので開いてみると、受賞作品が掲載されていた。

「きことは」という女流作家の作品はすらっと読めたが、西村賢太の「苦役列車」というのを読みかけて、まず冒頭からなんだこれは?と書き方に抵抗を覚えた。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「苦役列車」西村賢太 一  

曩時北町貫多の一日は、目が覚めるとまず廊下の突き当たりにある、年百年中糞臭い共同後架へと立ってゆくことから始まるのだった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

冒頭の一行が上であるが、曩時北町貫多の一日は、というのは何か、文脈から言えば、曩時北町というのがこの主人公の名字で、貫多というのが名前なのであろう。

曩時というのは、さきの時、という意味で書いているとすれば、文脈からは不要語で、なぜ作者がこの曩時という言葉をつかいたいのか、判然としない。曩時という状況のときに北町貫多がどうしたかという説明ならば、文章が破綻している。

あるいは曩時北町という町に住んでいる貫多ということならわかる。字足らずだが。

曩時北町が名字であると解釈するか、地名であると解釈するのがまっとうな読み方だろう。このようなめったに使わない言葉を冒頭に持ち出して、思わせぶりなのはぼくは好かないので、まだ全編を読み通す気分にならない。曩時とか後架とか使わずに、後架は便所と素直に書いたらどうだと思う。後架という言葉は禅寺の便所なんかを指して使うことばで、貫多が暮らすような薄汚いところでは、たんに共同便所で十分であろう。

思わせぶりな書き方は、文学的ということにならないのは当然なので、変な凝り方ではないかと思って一言するわけである。

平成23年3月11日(金) 追記します。

曩時北町ということについて、いろいろ考えてみたりしましたが、「字通・白川静」を調べてみましたら、 曩時 むかし と書いているだけで、広辞苑の「さきの時」でも意味が通じなくはないが、作者の意図は、「むかし北町貫多は、、、」と書いたつもりで、曩時という言葉を使ったようである。つまり昔々、というほどでもないので、昔というのに、曩時ということばをあてたようである。このように見慣れない表記をしたことに、作者の趣向を理解できなくはないが、審査員のみなさんは、このことを十分知り尽くしていて奇異とも思わなかったのかどうか、この件に触れて書くのはこれで終わりとする。

2011年2月 6日 (日)

精華小劇場演劇祭 遊劇体公演の案内

http://www2.begin.or.jp/ytokoji/ric/ric.html 中島陸郎さんのページ

中島陸郎作 「蘇りて歌わん」 劇団 遊撃体公演 日時 3月3日~7日です。

宥厳さんは3月5日午後2時開演を観劇することになっていますが、公演の後、舞台で演出家のキタモトマサヤさんと小堀純(編集者)さんの司会で座談会に出ることになっています。公演案内のビラの裏面ですが、画像の赤印のところ。

クリック拡大してごらんください。

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この芝居は中島陸郎さんが、月光会が瓦解したことを題材に書いたルサンチマンの産物ともいうべき作品です。経済成長期の日本で、前衛芸術活動の純潔さを標榜しながら、それを擲って、時代の趨勢、マスコミに乗って仲間を裏切っていった劇団主宰者への許し難い憤りから書かれた、告発的な面もある戯曲です。しかし、冷静に自らを戯画化する物書きとしてのクールな自覚が、この作品を読み応えのあるものに仕上げています。

 レーゼドラマとも言うべきこの戯曲をとりあげた遊劇体のキタモトマサヤさんがどのような舞台に仕上げてみせてくれるのか、楽しみです。

精華小劇場 http://seikatheatre.net/play.html

 

2010年10月21日 (木)

中西康郎遺作展いよいよ明日から

中西康郎さんのご案内 http://www2.begin.or.jp/ytokoji/nakanishidialy.html

中西康郎さんの遺作展にあわせて、「フランス・スペイン・シンガポール旅日記」を刊行しましたが、webでも読めるようにしましたので、関心のある方はごらんください。

遺作展は明日からです。

2010年10月 4日 (月)

映画 TOKYO アイヌ の紹介

「懐かしい未来へ」というメーリングのグループがあって、毎日、何通かのメールが投稿され配信されてきますが、今朝、送られてきた「TOKYO アイヌ」という映画を作られた映画監督、森谷博さんのメールを転載して紹介します。youtubeで映像を見ることもできますので、ぜひごらんになってください。私が演じるひとり芝居「がらんどうは歌う」というのなかで、アイヌ人のことに少しだけ触れる場面がありますが、東京で5000人ものアイヌ人が暮らしていることを、このメールではじめて知りました。

関東では上映されるようですが、関西でも上映されるときには観に行きたいと思っています。以下メールの引用です。

追記 この記事をアップしたことを、メーリングにアップしたら、森谷監督から返事があって、家族で楽健法をやっていますよ、とのことでした。縁なきにあらずでしたね。

[ancientfutures]グループの掲示板に投稿があったことを、Yahoo!グループよりお知らせいたします。
---
つながりあるみなさまへ

ドキュメンタリー映画『TOKYO アイヌ』監督の森谷です。
先日お知らせしました新横浜での完成公開試写会は、
おかげさまで300名近い方にご来場頂きました。
ありがとうございました。
また北海道・新得町で開催された「空想の森映画祭」での上映も、
いちばん注目を集めたようで、会場は熱気に包まれていたということです。
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/chiiki3/252298.html
http://www.kuusounomori.com/blog/archives/2010/09/post_1180.html

数多く寄せられたアンケートを見ても、
首都圏にこれだけ多くのアイヌ民族が暮らし、
どのような状況で、どのような思いを持って、
アイヌとして生きているのかを知らなかった、初めて知った、
という率直な感想が沢山ありました。

ナレーションやBGMを使わず、
製作者の主張や演出を押し付けるのではなく、
とにかくアイヌ自身が語る言葉を傾聴しようと、
3年半かけて作り上げた映画です。
最初は途中で眠ってしまうのではと思った人は、
アイヌの人々が語る物語にじっと耳を傾けているうちに、
2時間あっという間に見終わってしまった、と。
また見終わってから何日もアイヌの語った言葉が耳に残り、
あるとき突然涙が出てきたと言う人もいます。

その時だけ見て楽しい映画ではなく、
あとからじんと効いてくる映画になったのではないか。
これはやはり多くの方に見ていただくに値する映画だと思い、
再び試写会の案内をさせていただきます。
以下にスケジュールをまとめておきました。

また試写会が終わり次第、
12月くらいからは自主上映が各地で始まる予定です。
ぜひ各地で上映会を開いていただければと思います。

さらにお願いで申し訳ありませんが、
この映画の製作費は有志の方々からの寄付で成り立っています。
多くの方々の志で完成までこぎ着けたものの、
まだまだ必要額には届いておりません。
個人協力、団体協力と言う形で、
今月一杯寄付の受付をしておりますので、
サポートしていただける方は、
下記のホームページより申し込んでいただけると幸いです。
また、協力していただいた方のお名前は、
映画のエンドロールに掲載させていただきます。
(希望されない方は、掲載いたしません。)

多くの方々にこの映画を観ていただき、
新しい物語が生まれ出、語り継がれて行くことを祈って。

『TOKYO アイヌ』監督・撮影・編集
 森谷 博

(転送大歓迎です。)

************************

ドキュメンタリー映画『TOKYO アイヌ』
完成公開試写会スケジュール

10月9日(土)
千葉・木更津市民会館第4会議室
18:30 開場 18:45 上映開始

10月10日(日)
埼玉・飯能市民会館202会議室
13:30 開場 13:45 上映開始

10月11日(月・祝)
東京・文京区シビックセンター5F  区民会議室C
13:30 開場 14:00 上映開始

10月11日(月・祝) 長野・安曇野市 シャロムヒュッテ フリースペース
1回目   9:30 開場 10:00 上映開始
2回目 14:00 開場 14:30 上映開始

10月14日(木)~17日(日) 神奈川・新横浜 スペース・オルタ 
平日は、14:00~ 18:30~ の2回上映
土日は、12:00~ 15:00~ 18:00~ の3回上映

試写会の詳しい情報はこちらを↓
http://www.2kamuymintara.com/film/schedule.htm

映画のホームページはこちら↓
http://www.2kamuymintara.com/film/index.htm

Help URL   : http://help.egroups.co.jp/
Group URL  : http://www.egroups.co.jp/group/ancientfutures/
Group Owner: mailto:ancientfutures-owner@egroups.co.jp

・モバイル: http://rd.yahoo.co.jp/egroups/050616info/1.html
・移行手続: http://rd.yahoo.co.jp/egroups/050616info/2.html
・ガイドライン: http://rd.yahoo.co.jp/egroups/050616info/3.html 

---
なお、投稿者は本メールの送信者欄に表示されている方です。

2010年9月25日 (土)

スリランカでほっ 仏教は心のアーユルヴェーダ 岩瀬幸代

岩瀬幸代様

昨日「スリランカでほっ」をご恵送いただき有難うございました。昨夜読ませていただきました。スリランカの自然がたっぷりとある風土のなかで暮らしている非文化的な生活環境が、私などが育ってきた昭和10年代から戦後にかけてもまだまだ残っていたことを思いだしながら拝読いたしました。

書き出しの不幸だったかも知れないサランラップを重ねてという十三年間の記述、痛みを感じずには読めませんね。

スリランカの仏教とはなにか、という問いかけも探索も大切ながら、生活の環境がどう変わっても、日本でもアメリカでもスリランカでも、生き物としての人間が、賢く、あるいはおろかに、あるいはずるく、たくましく生きているものであると思います。宗教、あるいは仏教なくしては人は幸福になれないだろうか。

日本の仏教の歴史などを考えても、仏教が入ったことで、幸福になった人と不幸を味わされたひととのどちらが多かったか、などと私はよく自問しました。

同時代に生きている人間のエゴや差別が、古今を問わず、おおくの人間の生きることの困難を作りだしてきたのですね。いまもそのままです。

ありのままに広く見わたせば、どこの国の人間も始末のわるいものではないか。
スリランカのなかにもそうした悲惨は現に散在している。そのなかで、仏教がいかなる役割を担えるのか、当為を自覚した僧侶たちの活動など、今後も探ってお知らせください。

最近刊行した農文協からの「楽健寺の天然酵母でパンを焼く」を贈らせていただきます。

ますますのご健筆を。

山内宥厳拝

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     アマゾンで購入 できます

2010年9月24日 (金)

堀江真美さんのニューアルバム「AGAIN」発売さる

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 楽健法の仲間であり、ジャズシンガー、ピアニストの堀江真美さんが、この度AGAINというジャズのCDをCABRECORDSから発売され、さきほどカバーにサイン入りで送られてきました。真美さん、お贈りいただいて有難うございました。

http://www.cabrecords.jp/

ジャケットのスペシャルサンクスにはYugen Yamanouchiの名前も記載されている。堀江真美さんは、私の多面な仕事のなかの、パソコンのテキスト入力などをいつもやってくださる高峰靖子さんの妹の娘さん(姪)であって、真美さんは東京楽健法研究会にもときどき楽健法の勉強にも来られるし、東京楽健法研究会主催の宥厳さんのひとり芝居や、東光寺のパフォーマンスでもピアノ演奏で応援出演してくれた。

解説は瀬川昌久

曲目は If I give my heart など12曲で真美さんの透明なやさしい声が堪能できる。ぜひ入手して聴いてみてください。東光寺や東京楽健法研究会でも販売に協力の予定。

3000円です。

曲目などは以下参照。

2010年9月21日リリース決定!
CABRECORDS復活第一弾

ニューアルバム「堀江真美 アゲイン」
昭和ジャズの名曲、黄金時代の歌唱が今甦る-

・SLEEP MY LOVE ・THE MASQUARADE IS OVER ・I WISH I KNEW ・AFTER YOU’VE GONE ・LULLABY OF BIRDLAND ・KNOCK ME A KISS ・BROADWAY ・AGAIN ・IT’S BEEN A LONG LONG TIME ・I CAN’T GIVE YOU ANYTHING BUT LOVE ・THE TROUBLE WITH ME IS YOU ・I’M THROUGH WITH LIVE

※歌詞カードは全てこちらからダウンロードできます。http://www.cabrecords.jp/

と記述がありますが、歌詞カードなるものは見当たりませんでした。

より以前の記事一覧